しかし言われてみれば、宗正さんに一番べたべたしていたのは森迫さんだったような。
それにしても髪を振り乱して怒っている森迫さんは宗正さんの言うとおり、〝鬼婆〟だ。

「なに、さっきから黙って!
大河にデートの約束してもらえて、いい気になってるの!?」

怒り狂っている森迫さんにまた身体がびくりと震え、目にはうっすらと涙が浮いてきていた。

なんで変な濡れ衣着せられて、怒鳴られなきゃいけないんだろ。
確かに宗正さんからデートを迫られたけど、それは丁重にお断りしたのに。

「なんとか言ったらどうなの、ねえ!」

森迫さんの右手が振り上がる。
目を閉じた瞬間、バシーンッ、あたりに派手な音が響きわたった。

「なにやってるんだ!」

じんじんと熱を持つ頬を押さえ声のした方を見ると、珍しく池松さんが酷く怒っていた。

「なにをやっているのかと聞いているんだ!」

「それは、その……」

滅多に怒らない池松さんが怒っているからか、森迫さんはしどろもどろになっている。
池松さんはつかつかと勢いよく歩いてきて、私の前に立って森迫さんを睨みつけた。

「あー、いいですか」

緊迫した空気の中、妙に間延びした声がする。
へらへらと現れた宗正さんは池松さんの隣に、私の前に壁を作るように立った。

「オレ、森迫さんのものになったつもり、ないんですよね。
というか迷惑してるんですよね、お、ば、さ、ん」

「な……っ!」

男性ふたりに阻まれて、森迫さんの顔は見えない。
でもきっと、激怒しているんだろうなっていうのは想像できる。

「でも、私はっ!」

「……はぁーっ。
わかった、わかった。
話はあとで聞くから」

ため息をついた池松さんの肩はがっくりと落ち、一気に空気がいつものものに戻った。

「宗正、会議室に連れて行って待たせておいてくれないか」

「えー」

「いいから」

「……仕方ないですね。
行きますよ、おばさん」

宗正さんに連行されるように森迫さんがいなくなり、池松さんが私を振り返った。

「大丈夫か」

心配そうに顔をのぞき込まれると鼻の奥がつんと痛くなる。

「平気、ですよ。
これくらい」

すんと鼻を啜り、無理に強がってみても涙はじわじわと滲んでくる。

「早く気づいてやれなくて悪かったな」

「池松さんは悪くなんかない、です」