おじさんは予防線にはなりません

「あの人が着てるスーツの感じだと、このあたりがいいと思う。
ストライプは外れもないし」

確かに、池松さんに似合いそうな感じがする。
人間的には問題ありそうでも、宗正さんはアパレル業界の人間なんだな。

「ありがとうございます。
これにしたいと思います」

「役に立てたんならよかった。
それでさ。
お礼は今度、デートでいいから」

「……はい?」

屈託なくにこにこ笑う宗正さんに、……ネクタイを選んでもらったのを激しく後悔した。



出勤するとなんとなーく空気が悪かった。

いや、この職場に勤めはじめて爽やかだった日なんて一日もないけれど。
でもいつも以上にぴりぴりしているというか。
しかもその矛先が私に向いている気がするのは、気のせい、かな……。

「羽坂さん、ちょっといい?」

「……はい?」

朝礼が終わってすぐ、森迫さんに人気のない売り場裏に連れて行かれた。

森迫さんは職場の女性の中では年上の方で、さらには独身で仕事に厳しい。
当然、仕事でなにかしたミスを注意されるんだと思っていたのだけれど。

「あんたさぁ、男に色目使うの、やめてくれない?」

「はい?」

なにを言われているのか理解できない。

男に色目?
誰に?
まさか、池松さん?

でもいままで全然、気にしていなかったですよね。

「大河(たいが)に馴れ馴れしくしないでって言ってるの!」

意味がわかっていない私に苛ついたのか、森迫さんが一歩、ぐいっと迫ってきた。
けれど大河って誰のことだか私にはわからない。
池松さんはこの間、奥さんに和佳って呼ばれていたから違うっていうのはわかるけど。

「昨日、大河と話してたでしょ!?」

さらに一歩詰め寄られて、私も一歩下がったけれど、無情にも背中は壁についてしまった。
これ以上迫られると逃げられない。

しかし、大河っていったい誰だろ。
昨日、話した男の人……。
あ、もしかして。

「……大河って宗正さんですか?」

「それ以外に誰がいるっていうの!」

森迫さんの声がびりびりと鼓膜を震わせ、身体がびくりと小さく縮こまる。

「大河に手を出さないで!
大河は私のものなんだから!」

……そんなの、知らないし。