「シャツ、買いに来ただけだし、もう用は済んだから」

そういえば宗正さんの脇にはシャツが一枚、挟まれている。
しかし、用が済んでいるとなれば、追い払うことができない……。

「ねえねえ、ネクタイ、オレに選ばせてよ」

後ろから顔を回してのぞき込まれ、思わず身体が仰け反った。
だって、唇がふれそうなほど近かったから。

「その、……自分で選びますので」

「いいじゃん、ほら。
どんな人?
年上、年下、それとも同い年?」

私を無視して宗正さんはうきうきとネクタイを選び出した。

そういうのは困る。
非常に困るけど、このままうだうだ悩んでいても自分で決められたとは思えない。

「……年上、です」

選ぶことで宗正さんが満足してこれ以上絡まれないのならいいし、決まらないのなら選んでもらうのもいいかもと諦めた。

「どれくらい年上?
ふたつくらい?
まさか、三十代とかないよね」

なんで彼氏が三十代だとまさかになるんだろうか。
よくわからない。

「……三十代後半です」

「えっ。
まさかの羽坂ちゃん、おじさん好き?」

「……」

ネクタイを選んでいた宗正さんの手が一瞬止まる。

さっきからまさか、まさかってちょっと失礼じゃないだろうか。
いや、別に私の彼氏が本当に三十代後半、という訳じゃないからいいけれど、本当にそうだったらさすがにムッとしていただろう。

「ま、まあ、好みは人それぞれだもんね。
それで、どんな感じの人?」

無言の私にまずいことを言ったと思ったのか、取り繕うように言うと宗正さんは再びネクタイを選び出した。

「……サーモントブローの眼鏡がよく似合う、笑うと可愛いおじさんです」

「……えっ」

また手を止めると、宗正さんはおそるおそるといった感じで振り返った。

「……それってもしかして、池松主任?
まずくない、あの人、結婚してんだよ?」

聞かなきゃよかった、そんな顔の宗正さんにはぁーっ、ため息が落ちる。

「別になにかある訳じゃないですよ。
日頃、いろいろお世話になってるので、たまにはお礼したいなって思っただけで」

「あー、そーゆー」

うんうんと頷いてひとり納得して、宗正さんはネクタイ選びを再開した。

私が彼氏のネクタイを選んでいると勝手に勘違いしたのは宗正さんだ。

――私も否定しなかったけど。

すぐに宗正さんが選び出したのは、黒地にグレーのストライプのネクタイだった。