「遠慮するなっていつも言ってるだろ」

「いっ、たー……」

返事を迷っていたら、池松さんにデコピンされた。
痛むおでこを押さえて涙目で見上げると、八重歯を見せてにやりと笑う。

「明日は弁当、持ってくんなよ。
あとこれは今日のお駄賃」

突き出される拳に手を差し出す。
そこにいつものようにパインアメが乗せられた。

「ありがとうございます」

「うん」

くいっと眼鏡をあげる池松さんに、お礼はネクタイにしようと決めていた。



仕事が終わり、紳士服フロアに上がる。
アパレル商社なので当然、紳士服だってあるし、意外なところでは呉服部だってある。

「どれがいいのかな……」

お礼を社割りで買おうとしているのに若干の罪悪感は覚えるが、金額を押さえていいものが買えるのならそれに越したことはない。
それに池松さんはスーツやなんか一式、社販ですませていると言っていたので、趣味も合うはずだ。

「あれ、羽坂さんじゃん。
なにやってんの?」

ひょこっと棚の後ろから顔を出したのは、同じレディースファッション部で数少ない男性社員、宗正さんだった。

「……えっと」

人なつっこく笑う宗正さんに口ごもってしまう。

私はこの、宗正さんが苦手なのだ。

長めの前髪でマッシュヘア? にした宗正さんはちょっと幼く、可愛く見える。
だからか、部署の女性にはすごーく可愛がられているけれど。

――私にはそれが、計算に思えてならないのだ。

「なに?
彼氏に選んでるの?」

棚を回って私の隣に立った宗正さんはすごーく近かった。
肩なんかふれてしまうほどに。

「ええ、まあ……」

適当に返事をして口を濁す。
いっておくが私には現在、彼氏なんて存在しない。

「ええーっ、羽坂ちゃん、彼氏いるのー!?」

へなへなとわざとらしく崩れられても困る。
それに、私に彼氏がいようといまいと、宗正さんには関係ないのでは?

「ショックー。
羽坂ちゃん、うちの鬼婆たちと違って、可愛いのに」

やっぱりいつも、にこにこ笑って返しているのは計算なんですね。
それにさっきから、羽坂ちゃんって馴れ馴れしすぎます。
肩に置いた手も離してほしいです。

「あの、宗正さんはなにか用事があってここにきたのでは?」

どっかに行って欲しくて話を変えるけど、宗正さんが私の肩から手を離す気配はない。