「……世理」

はぁーっ、池松さんの口から落ちるため息は呆れているようで、こんな状況がしょっちゅうなのだとうかがわせた。

「なに、いいじゃない」

世理さんは唇を尖らせ、手櫛で私の髪をあっという間に整えてくれる。

「和佳も隅に置けないわね。
さっさとこの子と付き合っちゃいなさいよ」

「……世理」

今度、池松さんが世理さんを呼ぶ声は酷く重かった。

「ただの会社の子で、俺にそんな気は全くない。
羽坂にも失礼だろ」

「えー」

池松さんは僅かに怒っているように見えるが、世理さんは全く堪えていないのか、ぷーっと頬を膨らませた。

「そんなことしても可愛くないからな」

くいっと眼鏡を、池松さんが押し上げる。

……あ、なんだかんだいってもやっぱり可愛いんだ。

「待ち合わせはいいのか。
仕事で遅れたら信用問題になるだろ」

「もう行くわよぅ。
羽坂さん、今度一緒にゆっくり、お茶でもしましょ」

パチン、私に向かってウィンクして、世理さんは去っていった。
いなくなるとはぁーっ、池松さんからため息が落ちる。

「悪いな、妻が。
悪気はないんだが、性格がおかしいんだ」

池松さんは力なく、はははと小さく笑った。

「でも、池松さんはそんな奥様が好きなんですね」

「……まあな」

くいっと眼鏡を押し上げた、池松さんの耳は赤くなってる。

なんかそういうのはいいなと思いつつ、――俺には全くそういう気はない。
そう言った池松さんの言葉がどうしてか胸にチクリと突き刺さっていた。