「なに?
羽坂は俺と噂になりたいの?」

はっきり言うと自分の願望を言っているみたいで人が口を濁しているのに、ずばっと言い切られると一気に顔に熱が上っていく。

「……いえ、別に」

恥ずかしくてちまちまと、鉄板の上のコーンを一粒ずつフォークに刺してしまう。

「そっかー。
それはちょっと残念だなー」

……は?
残念ってなんですか。

思わず顔を見ると、池松さんは眼鏡をくいっと押し上げた。

「可愛い羽坂となら噂くらいならなってみたいよな」

ボフッとなにかが爆発した音がした。
池松さんは明後日の方角を向いて水を飲んでいる。
言って照れるのなら言わないで欲しい。

「ま、冗談だけどな」

「冗談ですか」

なぜか残念に思っている自分がいる。
でもそんなはずはないのだ。
相手は既婚者で、ずっと年上なのだから。
きっと気のせい。

「妻はもし俺が浮気しても、そんな甲斐性あったんだーってケラケラ笑うくらいで、気にしないから」

毎回思うけど、奥さんを〝妻〟と呼ぶ池松さんはポイント高い。
そういうのはほんと、理想の旦那さんだ。
それにしても池松さんは苦笑いでハンバーグを食べているけど、奥さん、酷くないですか。

「その。
奥さんって……」

「俺の妻はそういう人間だし、わかっていて結婚したから後悔はしてないよ」

池松さんは笑っているけれど、どこか淋しそうで胸がずきずきと痛む。
もしかして池松さんは奥さんを愛しているけれど、奥さんはそうじゃないんだろうか。
気になるけど、聞けない。

「言わないのか?
そんなんでよく、夫婦やってますねって」

「え……」

池松さんは驚いているけれど、そんなにいつも失礼なことを言われているんだろうか。

「あの。
夫婦の形は人それぞれだし、池松さんがいいのならそれでいいんだと思います」

「ふーん」

池松さんはそれ以上なにも言わなかったが、口元はなぜか嬉しそうに緩んでいた。



束の間の平和だったゴールデンウィークが終わると、日常が戻ってくる。

「オーストラリアに行ってきたの。
向こうは涼しくてよかったけど、日本は暑くて嫌ね。
これ、配っといて」

わざとらしくふーっと息を吐き出し、森迫(もりさこ)さんは紙袋を差し出した。