何事もなかったかのようにごそごそとポケットを探ると池松さんが拳を突き出すから、ありがたく手を差し出す。

「いただきます」

「ん」

ころんと手の平の上に乗せられたのはパインアメ……じゃなく、ピンク?
同じようなパッケージでアメの真ん中には穴が空いているけど。

「期間限定のスモモアメだ。
これが食えるなんてついてるな、羽坂」

八重歯を見せてにかっと笑うと、池松さんの眼鏡の影に笑いじわがのぞく。
ぽいっと自分も口にアメを放り込んでにこにこ笑って食べているのはほんと、……可愛いからやめてください。

「それでさっき、なにがいつもこうだったらいいって?」

アメで口をもごもごさせながら聞かないで欲しい。
そういうの、めちゃくちゃ可愛いので。

さっきから心の中で可愛い、可愛いと連呼しているけど、このおじさんは狙ったかのように私のいいツボを的確に射抜いてくる。

「いつも、その、……これくらい社員さんの無理難題が少なかったらいいのにな、って」

社員の池松さんにこんなことをいうのは気が引ける。

「そーだよなー。
問題児が軒並み休みだと、平和でいいわな」

しれっと池松さんが言うから、ぶわっと冷や汗かいた。
当人たちが休みでも、聞いた誰かが告げ口しないとは限らない。

「いつもこうだといいのにな」

はぁっ、小さくため息をついて池松さんは苦笑いを浮かべた。

本多課長が上司として部下に注意できないから、池松さんが憎まれ役を引き受けている。
池松さんはそういう役回りの人間も必要だからって笑っているけど、私は納得したくない。
だって池松さんは吹けば飛ぶような派遣の私にも優しくしてくれるような人だから。

「もう少しで昼休みだ。
……って、もう十二時なったな。
昼メシ一緒にどうだ?」

気持ちを切り替えるように池松さんは椅子から立ち上がって笑った。

「はい。
お願いします」

私も頷き返して席を立つ。

このあいだ池松さんが一緒にお昼を食べに行こうと誘ってくれていたし、一応、お弁当はやめておいた。
別に期待していたわけではないけれど、でも本当に池松さんが誘ってくれたときにお弁当だったら悪いな、って。



会社を出ると青葉を茂らせた街路樹が影を落としている。

連休に入ったとたん一気に気温は上がり、池松さんはノータイになった。
ボタンを外してもちゃんと下シャツが見えないものにしているあたり、さすがだと思う。

「これから暑くなると汗かくから嫌だよな」

日差しが眩しいのか、池松さんは目を細めた。

「そうですね。
いろいろ気になりますし……」