おじさんは予防線にはなりません

「あー……」

池松さんの手が止まり、視線が明後日の方向を向く。
なにか聞いてはまずいことを聞いてしまったのかな。

「妻の仕事はカレンダー、関係ないんだ。
たぶんゴールデンウィークも仕事なんだと思う」

ぼそっと呟くように言って、くるくるとフォークに巻いたパスタをタケノコと共に池松さんは口に入れた。
なんかそういうのはちょっと淋しそうで、奥様を愛しているんだろうなって思わせた。

「そういうわけでおじさんもゴールデンウィークは暇だから出勤だ。
また昼メシ、一緒に食いに行こうぜ。
うまいハンバーグを食わせる店があるんだ」

「はい」

笑う池松さんに笑って私も答える。

――でも私は。
池松さんが奥さんの仕事について「たぶん」とか言っていた理由に気づいていなかったのだ。



ゴールデンウィークは仕事に集中できた。
なんといってもいつもなにかと私を悩ませてくれる、社員さんたちが半分程度しかいないのだ。
当然、トラブルも半減する。

「いつもこうだったらいいのに……」

「どうだったらいいんだ?」

うぃーんと思いっきり椅子の背を倒すように背伸びをしたら突然、顔の上に池松さんの顔が出現して驚いた。

「えっ、あっ」

大急ぎで元の体勢に戻そうとしたら、勢いがつきすぎてゴン、と池松さんの額に頭突きをかましていた。

「……いっ、たー」

「……いってーな」

ずきずきと痛む額を押さえながらうっすらと涙が浮いた目で池松さんを探す。
池松さんはよろっと机の上に手をついて、私が頭突きした額をやっぱり押さえていた。

「す、すみません!」

不慮の事故とはいえ、上司に頭突きしてしまうなんて許されるわけがない。

「羽坂って意外と石頭なのな」

気を取り直すように隣の椅子に後ろ向きに座り、両腕で背もたれを抱くようにしてにへらと池松さんは笑った。

……うっ。
その笑顔、可愛すぎます!

「ほんとすみません。
その、……大丈夫ですか」

「ん?
ちーっと痛かったけど、平気平気。
羽坂の方こそ大丈夫か?」

冗談めかして池松さんは笑っているが、その額はうっすらと赤くなっている。
私の額だってまだずきずきしているのだ。
痛くないわけがない。

「私も平気です」

笑って頷くと池松さんも頷いた。

「ならよかった。
……アメ、食うか?」