おじさんは予防線にはなりません

すぐに店員がサラダを運んできて、池松さんと目があった。

照れくさそうにぽりぽりと人差し指で頬を掻き、誤魔化すように笑った。

「食うか」

「そうですね」

さっきまでのことはなかったことにしてサラダを口に運ぶ。

「この頃はどうだ。
なんか困ったこととかないか」

池松さんがときどき、私をランチに誘ってくれるのはこの為だ。
あとは気分転換。
そういう気遣いはとても嬉しい。

「そうですね。
ちょこちょこ小さなトラブルはありますが、処理できないほど大きなトラブルはないです」

マルタカのレディースファッション部で働きはじめて、もうすぐひと月がたとうとしている。
相変わらず女性社員たちは意地悪だし、本多課長の影は薄いけれど、なんとかやっている。
それもこれも池松さんのおかげかもしれない。

「お待たせいたしました。

厚切りパンチェッタの温玉のせカルボナーラです」
さりげなく池松さんが手で示すと、店員は私の前にパスタを置いた。

「タケノコのペペロンチーノです」

すぐに池松さんが頼んだパスタもきて、前に置かれる。
はっきり言ってどっちも凄くおいしそうだ。

「うまそうだな」

池松さんの顔が嬉しそうに崩れる。
おいしいものに目がないのだ、このおじさんは。

カルボナーラはとろとろの玉子ソースにさらにとろとろの温泉玉子が麺に絡み、最高だった。
そのうえパンチェッタはジューシーだし、振られた黒胡椒もいいアクセントになっている。

「おいしい……!」

「この店はリピート決定だな」

にこにこ笑っている池松さんに、フォークを握ったままうんうんと何度も頷いていた。

「もう明後日からゴールデンウィークか」

あっという間だったと思う。
ここでの仕事は多忙だ。
任されている事務処理プラス社員さんたちの雑用もこなさないといけない。

「羽坂はどうするんだ?」

「あー……」

つい、フォークを置いて苦笑いしてしまう。
会社自体はカレンダー通りで、祝祭日と土日以外は営業になっている。
けれど社員の大多数は有休を使って長期の休みを取るし、そうするようにも勧められているらしい。

「……私は普通に出勤しますよ」

派遣の仕事は時給制だ。
休めばそれだけ給料が減る。
それでなくてもカツカツなのに、給料を減らすわけにはいかない。

「それより池松さんはどうなんですか?
奥様と旅行に行ったりするんじゃないんですか」