おじさんは予防線にはなりません

「……はい」

出されたおしぼりで手を拭きながら笑う池松さんに、苦笑いしかできない。
おじさんじゃなくてもこういうお店なら、男性は二の足を踏んでしまうだろう。

メニューを手に悩む。
ひとり暮らしで派遣は結構カツカツだ。
セットのデザートがおいしそうだと思いながら諦める。
せめてサラダセット、いやいや最悪、ドリンクセット……と悩みつつ、結局、パスタ単品で妥協した。

「決まったか?」

「はい」

私が頷くと、池松さんはスマートに片手をあげて店員を呼んだ。

「ご注文はお決まりでしょうか」

「タケノコのペペロンチーノと」

自分の注文をすませ、池松さんが視線で私を促す。

「厚切りパンチェッタの温玉のせカルボナーラで」

私がメニューを閉じてもまだ、池松さんはメニューを見ていた。

「どっちもこの、デザートセットって奴で。
飲み物は食後にコーヒー。
……で、いいよな?」

いたずらっぽく八重歯を見せて池松さんが笑うから、なにも言えなくなって黙って頷いた。

店員は注文を復唱し、メニューを手にカウンターへ戻っていった。

「遠慮するなって言ってるだろ」

池松さんはおかしそうに笑って、グラスを手に水を飲んだ。

「でも……」

何度言われてもやはり、悪いなって気持ちになる。

「おじさんは正社員で、しかも羽坂よりずっと年上なの。
その分、給料だってもらってるし、うちは小遣い制じゃないから。
素直におごられとけ?」

「……はい」

にかっと笑う池松さんが眩しくて、つい目を細めてしまう。
毎回、池松さんはそう言って私に絶対、お金を払わせないが、嬉しくもあり心苦しくもある。

「……まあ、そういう羽坂が可愛いんだけどな」

ぽつりと漏らすと、私から視線を逸らして窓の外を見て、池松さんはくいっと眼鏡を押し上げた。

……って、それ、なんですかー!?

どきどきと早い心臓の鼓動が落ち着かない。
動揺を落ち着けるように冷たい水を飲む。

……待って。
ちょっと待って。
なんで照れるんですか?
私の方が恥ずかしくなってきます!

なんとなく気まずくてちびちび水を飲むフリをして黙っていた。
池松さんだって頬杖ついて外見たまま黙っているし。

このおじさんはいつもそうなのだ。
さらっとああいうこと言って、言った自分に気づいて恥ずかしくなって照れる。
計算、じゃなくて天然でやっているんだからたちが悪い。

「セットのサラダです」