おじさんは予防線にはなりません

渉さんを見上げる世理さん目は、とても愛おしむようだった。
それだけいまは、渉さんを愛しているのだろう。

「……なら。
黙って出ていくなんてしないで、ちゃんと和佳さんと話してほしかったです」

こうやって説明してくれれば、あんなに和佳さんは落ち込まずにすんだ。
気持ちの整理だって、もっと早くにできていたかもしれない。

「……そうね。
怖かったのよ、和佳と向き合うのが。
さんざん待たせて置いて、もっと好きな人ができたから離婚して、なんて。
だから黙って出ていった。
これで和佳が自分の気持ちに素直になれたらいいって願って」

「……そんなの、勝手です」

怒りで、ぶるぶると膝の上に置いた拳が震える。

「……うん。
和佳には悪いことをしたと思ってる。
もうきっと、許してもらえないだろうけど」

最後に見た世理さんは、泣き笑いだった。


夜、帰ってきた和佳さんに、世理さんとの話をするべきか悩んだ。

「どうかしたのか?
もしかして、なにか問題でもあったのか?」

心配そうに和佳さんの顔が曇っていく。

「その……。
和佳さんは世理さんのこと、いまはどう思ってるんですか」

「なんだ、藪から棒に」

和佳さんは苦いものでも噛みつぶしたかのように、嫌そうな顔をした。

「いいから」

「そうだな……」

しぶしぶ、だけれど和佳さんが口を開く。
聞かれたくない話題だとわかっている。
けれどどうしても、聞きたかった。

「正直、別れてほっとしている。
昔は待っときゃ帰ってくるって思ってたが、最近はこれで結婚している意味があるのか、とか考えていたからな。
でもずるずると離婚を切りだす気もなかった。
あっちから出ていってくれたのは、少し感謝だな」

困ったように和佳さんが笑う。
その顔に、ほっとした。
もう、和佳さんの中では完全に世理さんのことは片付いている。

「でもどうしたんだ、急に」

「なんでもないですよ」

笑って、甘えるように肩にあたまを預けた。

和佳さんの中で片付いているのなら、もうこれ以上、世理さんの話題は必要ない。
今日、会ったことも話す必要はない。

「そういや宗正の奴、もうすぐ結婚するらしいぞ。
例の、アメリカ人社長と」

「そうなんですか!?
かなりのスピード婚ですね」

「かなりぐいぐい押してくるらしいが、宗正もまんざらじゃないらしい」