おじさんは予防線にはなりません

その日、定期検診に行ったら……世理さんが、いた。

「あれ?
羽坂さんもおめでた?」

〝も〟ということは、世理さんも妊娠している?

「あの彼と結婚したの?」

「いえ……」

なんとなく決まり悪く、言葉を濁してしまう。

「もしかして、和佳と?」

「……はい」

「そうなの!」

なぜか、ぱーっと世理さんは顔を輝かせた。
そんな彼女の隣には、寄り添うように渉さんが座っている。

「北平さん、診察室へどーぞー」

「あとで一緒にお茶しましょう?
じゃあ」

呼ばれた名前は池松じゃなかった。
離婚は成立しているんだし、当然といえば当然だけど。


世理さんとお茶なんて気まずいしお断りしたかったんだけど、私が終わるまで彼女は待っていた。

「近くに美味しい、オーガニックカフェがあるの。
行きましょ」

行くともなんとも言っていないのに、世理さんは私の腕を取って歩きだした。

連れてこられたカフェは隠れ家的な場所で、とても感じがよかった。
きっと、こんなときじゃなかったら楽しめたのに。

「きっとね、こうなるんじゃないかなって思ってたの」

渉さんの隣で、世理さんはにこにこ笑っている。

「よかった、和佳の後押しができて」

世理さんの言っていることはちっとも理解できない。

「その……」

どうして出ていったんですか、なんて気になるけれど聞きにくい。

「私ね、和佳が好きだった。
いくらふらふらしても、絶対に待っててくれる。
そんな安心感に甘えてたのね。
――でも」

言葉を切った世理さんは、ふっと遠い目をした。

「最後の方の和佳、待つのに疲れたって顔してて気になってた。
別れるって言ってあげたらいいのはわかってたけど、私に勇気がなくて。
もう、和佳が待っているのが、私の中では当たり前になっていたから。
和佳には悪いことをしたと思ってる」

目を伏せた、世理さんのまつげは細かく震えていた。
彼女も本当は池松さんを愛していたに違いない。
なのに私がいま、その妻の座にいてもいいのか不安になってくる。

「けどね、羽坂さんといるときの和佳の顔、昔の顔に戻ってた。
本人、全然自覚してなかったみたいだけど。
ちょうどそのとき、渉から『どこにも行かないで、僕だけを見て、僕と一緒にいてほしい』なんて熱烈なプロポーズされちゃって。
いままでそんなこと、私に言ってくれた人、いなかった。
だから離婚を決意したの」