おじさんは予防線にはなりません

落ち着かないのか、せわしなく上下左右を見ながら、右手で、左手で、池松さんはあたまを掻いている。
やっぱり迷惑、だったのかな……。

泣きたくなって俯いた。
もしかしたら心のどこかで、喜んでくれると思っていたのかもしれない。

「うん、じゃあ行こうか」

「……え?」

池松さんは伝票を手に、すでに席を立っている。
なんだかわからなくてぽかんと見ていたら、強引に腕を引っ張られた。

「役所、行くだろ。
婚姻届、出さないとな」

これは、子供ができたから責任を取るということなんだろうか。
そんな、義務感だけで結婚なんてしたくない。

「あの、別に、責任取ってくださいとか言うつもりはないので」

「は?」

いつまでも私が立たないでいると、はぁーっとため息をついて池松さんは椅子に座り直した。

「その、……嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「ああ。
パパに、なれるのが。
……愛するは……詩乃との間の子の、パパになれるのが、嬉しいんだ」

ぽろり、涙がこぼれ落ちていく。

「詩乃?」

ぽろり、ぽろり。
こぼれ落ちていく、涙。

「えっ、あっ、その。
……嬉しくって」

「……うん」

慌てて、落ちる涙を拭う。
笑って池松さんを見た。
彼は眩しそうに目を細めて私を見ていた。

「十四も年上のおじさんとか嫌かもしれないが。
――結婚してほしい」

真摯に、池松さんが私を見つめる。

「知ってましたか?
私って意外と、おじさん好きなんです。
だから宗正さんを好きになれなかった」

「そうだったな」

今度こそ、池松さんに促されて席を立つ。
その足で役所に行って婚姻届を出した。

「これからよろしくな、詩乃」

「はい」

いろいろ……本当にいろいろあったけれど、これから私は、この人と幸せになる――。



指環は買ったけれど、式は挙げないことにした。
質素にしたいっていうのが、池松さんの希望だったから。

ウェディングドレスを着たくなかったかっていわれると嘘になる。
でも池松さんと一緒になれただけで十分だった。