「羽坂。
今日は弁当か?」

「いえ……」

思わず言い淀んでしまったら、衝立の向こうから顔を出した池松さんからおかしそうにくっくっくって笑われた。

「寝坊でもしたか」

「……つい、ネットでドラマを見ていたら」

今朝、目が覚めたら家を出る時間だった。
遅刻なんてしたらなにを言われるかわからない。
大急ぎで準備して電車に飛び乗り、ぎりぎりで滑り込めた。
おかげでどうにかちょっと睨まれる程度ですんだけど。
当然、毎日詰めてきているお弁当はない。

「なら昼メシ、一緒に行かないか」

「いいんですか」

顔を見上げると、池松さんはくいっと眼鏡を押し上げた。

「うまそうなパスタを出す店を見つけたんだが、いかんせんおじさんひとりだと入りづらくてな……」

池松さんがそう言って私をお昼に誘うのは今回が三回目。
前回も前々回も確かに男性ひとりだと入りづらそうなお店だった。

パソコンをスリープにしてお財布と携帯を入れた小さなバックを手に席を立つ。

池松さんと一緒に出て行っても誰も文句を言う人はない。
これが若手男性社員の白沢(しらさわ)さんとか宗正(むねまさ)さんだと、非難囂々、魔女裁判にかけられかねないけど。


並んで歩くとき、池松さんはいつも私のペースに合わせてくれる。

そういうとこ、紳士だなーって思う。

クラシカルな、サーモントブローの眼鏡のせいか地味に見えるけど、顔は結構整っている。
スーツだってよく似合っているし、ネクタイのセンスも悪くない。
若い頃はモテてたんじゃないかな。

「ん?
どうかしたのか?」

私が顔を見ているのに気づいたのか、池松さんの首が僅かに傾いた。
なんだかちょっと恥ずかしくて、顔がほのかに熱くなる。

「なんでもないですよ。
お店、まだ遠いんですか?」

笑って適当なことを言って誤魔化す。

「そこの角、曲がったとこ」

池松さんの指さす先には見逃してしまいそうな小さな路地があった。

前もそうだった。

よくこんな場所のお店、開拓したなって思うところに連れて行ってくれる。

「いらっしゃいませ」

「二名で」

たどり着いたお店はカフェというよりお花屋さんのようだった。
実際、お店の一部は花屋になっており、色とりどりのミニブーケを中心に花が並んでいる。

「な。
おじさんひとりじゃ入りづらいお店だったろ」