「まだ片付いてませんがどうぞ」
夫がそう言い、玄関から人がゾロゾロと流れ込む。7.8人いるのかな、部屋が広くて助かった。私はリビングの入口で「初めまして」と挨拶をして笑顔を見せる。飯田さんの奥さんは印象を付けようとしているのか、みんなを先にリビングに行かせて、最後に私としっかり挨拶をするつもりだ。一生懸命ですね。飯田さんの奥さんと正面で向き合おうとするけれど、奥さんは私の胸のダイヤに夢中だった。

「素晴らしいダイヤですね。とっても良くお似合いです」

「ありがとう」
静かに私が言うと、やっと顔を上げて私を見て何か考えた顔をする。月日は経ったけど上を向いた鼻は変わらなくて懐かしい。
私は無表情で飯田さんの奥さんの顔をジッと見る。すると彼女の顔の中に小さな恐怖を捕え、私はやっと微笑んだ。

「杏、コーヒーをお願いできるかな?君のリクエストのケーキをもらったよ」
夫がこちらにやってきてケーキの箱を私に渡す。

「駅前のプリムラのショートケーキ懐かしいわ。すごく食べたかったの」
私は目の前の美鈴ちゃんにお礼を言う。でも彼女は小さく口を震わせるだけで言葉に出ないようだ。

美和ちゃんに教えてもらった。
街はコンビニが多くなり、大手の格安スーパーも入ってきたので美鈴ちゃんの父親の会社は売り上げが落ち、スーパーも居酒屋も閉めてしまった。従業員にもお客さんにも優しくない、いわゆるお殿様商売をしていた美鈴ちゃんの父親は今クリーニング屋さんの店長だ。
美鈴ちゃんは大きなお屋敷から普通の中古マンションに引っ越しをして、不平不満を言いながらアイドルにもなれずずっとこの街に住み、合コンで出会った今の旦那さんとデキ婚をして、実家のクリーニング屋でパートをしている。モンスターぶりはあいかわらずで、子供の学校のPTAで要注意人物にされているそうだ。美鈴ちゃんの今のミッションは本社からやってきた支社長とその妻に気に入られて、夫を昇進させてもらうことだろう。