「さんきゅ。そんでうちのかーさんにめちゃ怒られたけど、美鈴が悪いってわかってくれたから、いちおーそれは終わったんだけどー。とーさんの給料がガーンと下がったんだってさ」
「クビにならなくてよかったね」
「あいつサイテーだよな」
榊原君はとんがった声で私に言ってから、男子に声をかけられて行ってしまった。プリントはいいのかな?明るい顔で男子とふざける榊原君が、あんなとんがった声を出すなんて。そして美鈴ちゃんのせいで榊原君のお父さんが店長からチーフになるなんて。よくわからないけど、ガク―ンとお店の偉い人から普通になったんだよね。そんな力があるなんて……グングン上っていた私の心は、榊原君のお父さんみたいにガク―ンと下がってしまった。
榊原君のお母さんはお花屋さんで働いているから、美鈴ちゃんのお父さんとは関係はない。でもうちは、お父さんもお母さんも美鈴ちゃんのとこで働いてるから困る。
榊原君のぐちゃぐちゃなプリントを手で伸ばしてあげてたら、美鈴ちゃんがやってきた。私がチラッと見ると肩をすくめて両手を背中に回してニッコリ笑った。いつかアイドルにスカウトされる為にカワイイポーズをいつも勉強している美鈴ちゃんだ。
「今日はケーキあげるから遊びに来なさい」
「やだよ。美鈴ちゃんに踏まれたケーキなんていらない」
思い出すとムカつく。
「これ、あげるよ」
目の前にパラパラとマスキングテープが転がった。音符と子ネコとハートと私の大好きなアリエルもある。
「あげるから、また部下になりなさい。嫌なら杏のお父さんとお母さんがクビになるんだから」
それは命令だった。
『大逆転だよ。ありがとう』お母さんの嬉しそうな顔が浮かんできて、急に泣きたくなってきた。絶対泣くもんか。もう私の涙は昨日でおしまいなんだから!
苦しくなる喉としゃっくりみたいにピクピク動きそうになる肩をガマンして、私はマスキングテープをランドセルに突っ込んで榊原君の方を見る。榊原君は男子にプロレス技をかけながら『お前はしょうがねーんじゃない?』って顔をして私を見ていた。