ゴクリと喉を鳴らすと「きゅうけーい」って美鈴ちゃんはケーキを食べ始める。
「プリムラの限定ショートはやっぱり美味しい。食べ終わるまで待ってなさい」駅前にある【プリムラ】は最近できたケーキ屋さんで美味しいと評判だった。あそこのケーキなんだ……美味しそう。でも私の分は無いんだね。
なんか一気に力が抜けてしまう。期待する私がバカなんだ。意地悪な美鈴ちゃんがくれるわけないもんね。あーぁ私のバカ。「帰るね」って部屋を出ようとしたら「ダメ!またピアノ終ってないもん」ってクリームを頬張らせ文句を言う。
「家の手伝いあるし」
「シールあげるから待ってなさい」
「シールいらない」
くれるって言ってくれたことないじゃん。早く帰りたい。
「じゃ帰りにケーキひとつあげるよ」
「ケーキ?」
その言葉にクラクラと甘く体がしびれた。
「うん。だから待ってなさい」
美鈴ちゃんは上から目線で命令した。
ケーキ。プリムラのショートケーキを家に持って帰って帰ったら、みんなビックリするだろう。みんなでひと口ずつ食べよう。モモちゃん絶対喜ぶ。お姉ちゃんも喜ぶ。お母さんもお父さんも喜ぶ。もしかしたらお父さんが一番喜ぶかもしれない。みんなの笑顔を想像すると嬉しくなって私は「うん」って返事をする。そしてそのまま、また下手なピアノ演奏を聴かされて気付けは6時を過ぎていた。早く帰らないと怒られてしまう。
やっと美鈴ちゃんは私を解放してくれたから、あとはケーキもらって帰るだけ。嬉しくて美鈴ちゃんと玄関まで行ったけど「バイバイ」って一言だけで終わってしまった。
「ケーキは?」
「ケーキって?」
「帰る時くれるって言ってた」
「言ってない」
「絶対言った!」
食べ物の恨みはおそろしい。私は今までで一番本気な大きな声を出す。美鈴ちゃんは「わかったって、貧乏人って怖いなぁ」と、ダルそうに奥に引っ込んでから小さな箱を持って来てくれた。その中にケーキが入ってる。箱が小さいからひとつしか入ってないと思うけどケーキはケーキだ。プリムラの綺麗なケーキが入ってると思うとドキドキする。