あれは春雪が降った日だった。
春の暖かさは一切なく、シンシンと降る雪。
あの日光太朗は、隣町にマグカップを買いに行っていた。
というのも、2人でお揃いで買ったマグカップを光太朗は割ってしまい、同じものを買いに行ったのだ。
私が、光太朗が隣町に行ったと知ったのは、夜だった。
電話が掛かってきた。
『もしもし、梨花?』
「どうしたの? 光太朗」
『梨花とお揃いのマグカップ、同じの買えたぞ!』
「えっ、あれって隣町のデパートにしかないんだよね?」
『うん。だから、さっきやっと見つけて、買えたんだ』
「そんな、わざわざ...」
驚いたけど、それ以上に嬉しかった。
割ってしまったと聞いて落ち込んだ私のためにわざわざ隣町まで買いに行ってくれたのだろう。
その好意を素直に受け取ることにした。
「ありがとう、わざわざ。嬉しい」
『いや、俺が割っちゃったし。それに梨花とお揃いのもの、持ってたかったし』
「でも、ありがとう。...もう、帰ってくる?」
『おう。今からバスに乗るとこ』
「気をつけて帰ってきてね」
『ああ、じゃあな』
これが、私と光太朗の最後の会話。
"東大橋バス転落事故"
光太朗が巻き込まれたその事故は、新聞やニュースに大々的に取り上げられた。
その日降った春雪のせいでバスがスリップしてしまい、不運なことにそこは橋で、下の森に転落したという。
運転手が死亡、27人の乗客のうち8人が死亡、7人が重体、12人が重傷のとても残酷な事故。
その8人の死亡者の中に、光太朗が入ってしまったのだ。
運転手のせいだ。
この春雪のせいだ。
そう思わないと、精神を安定させられなかった。
悲しいとか、そういう次元じゃない。
ぎゅっと誰かに心臓を掴まれたような、身を引き裂かれるような痛みと苦しみ。
せっかく光太朗が買いに行ったマグカップが見つからないくらい粉々になったように、私の心も粉々だった。
咲希や悠馬とも心が疎遠になり、灰色の世界が広がった。