ストーカーを殺せ


『美咲さん、あした、空いてる?』

『明日? ちょっと待ってね、スケジュール見るから。……あっ、奇跡的に空いてるよ』

『じゃあ、メシでも行かない? 日本に1件しかないブータン料理の店、見つけたんだよ。どんな味か全く想像できないけど』

『なにそれ興味ある! 行く行く!』

フラれたとはいえ、俺はちょくちょく、美咲と会っていた。
美咲は時間が空いているときは、意外にも殆ど俺の誘いを断らなかった。
会うたびに、俺の心はときめいた。

もちろん、彼氏がいることは重々承知の上でだが。

「……別れちゃった」

「えっ!?」

ブータン料理特有の大量の唐辛子を摂取した帰り道、舌に残り続けるひりひり感に耐えていた俺に突然の告白。
心臓が早鐘を打ち始める。

「なんで? 喧嘩でもした?」

「違う。嫌いになったわけじゃないの」

「じゃあ、どうして」

「他に好きな人ができたから」

どくん。

美咲に聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほど高まる、心臓の鼓動。
それって……俺?

「友達として会ってるうちに、なんとなく惹かれてしまって……」

「うんうん」

「いつしか、その人のことで頭がいっぱいになっちゃって……」

「うんうん!」

「それでね。ちゃんと彼氏と別れた後に、付き合い始めたの、その人と」

すごくいい人、と言って美咲は微笑む。

「こんなこと話せるの、葉山さんだけかも」

天国から地獄とはこういうことか。
ひりひりとした痛みは、舌から心へと落ちてゆく。

なぜ、その相手が俺じゃないんだ。
こんなに、いつも会っているのに。

「……でも暇なときは、また遊ぼうよ」

電話してね、と言い残して美咲は軽く手を振りながら駅へと立ち去っていく。

その後ろ姿を、見えなくなるまで目で追い続ける、俺。


徐々に美咲とは、連絡が取れなくなっていった。

それでも俺は毎週、美咲に電話をかける。
LIMEにメッセージを送り続ける。

『今週末、あいてる?』

LIMEの画面には、俺の言葉だけが埋まっていく。

美咲が住む街の駅前で、雨降る中、傘もささずにぼんやり何時間も立ち続けたこともあった。

ばったり会うという『ありえない奇跡』、を待ちながら。
仮に会えたとして、その先に何があるのだろう。
虚しさしか、ないはずなのに。
そんなことすら、気付く余裕もなく。

俺の心は、いつまでも美咲でいっぱいだった。
冷たい雨は、体だけではなく俺の心もすっかり冷やし続けていった。

ふと、我に返る。

これじゃまるで……ストーカーじゃないか。





「どうだ、具合は」

俺はバッグの中から大量のあんぱんの入った袋を取り出すと、カナの布団の中にコッソリ差し入れる。

「最悪だ。早くここを出たい」

バッグのチャックを締めてカナに目線を戻すと、既にその口からはあんぱんが半分はみ出ていた。

早っ。

「体温、計りますよー」

おばさんの看護師が入ってきたので、俺は慌ててはみだしたあんぱんをカナの口の中に押し込む。

「むぐぐ」

「あら、顔が赤い。熱が出てきたのかな」

看護師が心配そうに、カナの額に手を当てる。

「いや、こいつ俺に惚れてるんですよ。嬉しくて顔が赤いんです」

「あら、良かったわね、カナちゃん」

「むぐぐ」

看護師が病室を出て行ったのを見届け、俺はあきれてカナに忠告する。

「おまえ、少しは自重しろよ。退院できなくなるぞ」

「ハラが減りすぎて、だんだん調子が悪くなってきた。わたしゃ、もうすぐ死ぬ」

「はいはい。じゃあ、友達に別れの挨拶でもしろ」

振り返って手招きすると、ドアの影からこちらの様子を伺っていたあずさが、俯いたまま病室へと入ってくる。
あずさとカナはお互いに目を合わせ、両者、無言でコクンと首を縦に振った。

そのまま会話をするでもなく、ふたりともフリーズしたままだ。

……それだけかよ。

折角、連れてきてやったのに。
それとも、テレパシーかなんかで会話してるのか。
このふたりの関係性は、未だに良くわからない。

「ところで、ユータを捕まえたぞ。全て吐かせた」

「そうか、でかした」

目を輝かして半身を起こす、カナ。

「ストーキングしてたのは確かにユータだったが、何者かに命令されて仕方なくやってたみたいだ。ISAって奴、聞いたことがあるか?」

「わからん。クラスの中にも『いさ』が付く名前の生徒はいないはず」

「そいつが黒幕らしい。殺し屋派遣ネットショップを使ってユータを脅したり、監禁したりしていた」

カナが目をくりくりさせながら、何やら考えを巡らせている。

「おそらく、おまえを襲ったのもそいつの仲間だろう」

「誰が、何のためにそんなことをするのさ」

「そこなんだよ」

俺は頭を掻きながら、あずさを見やった。

「目的がわからん。ユータはどうやら本気で君に告白したらしいし、たったそれだけの事でどうしてストーカー役を強要させられるのか、全く想像がつかない」

「たったそれだけのこと、だって?」

カナが俺を睨む。

ふと気づくと、俯いたあずさの目から涙がこぼれ落ちていた。

な、なんだ、どうした?

狼狽える俺。
呆れた表情のカナ。

「全く、オジサンは女心がわかってないなあ」

えっ!
えっ、えっ!?

まさかの、相思相愛だったのかよ。

女心ってやつは、本当に理解できない。
だからこれまで、さんざん苦労してきたのだが。

「ごめん、悪かったよ。ユータが君を好きなのは確かだ。だからちゃんと返事してやってくれ」

好きになった理由が、飼ってたハムスターに似てたから、ってのは言わない方がいいんだろうな。
モテ男の、ちょっとした気の迷いでなければ良いのだが。

「それからカナ、ひとつだけわかった事がある。この件にどうやらあいつが絡んでいるらしい」

「あいつって?」

「美咲のストーカーだ。あいつが、また現れやがった」

「ほうほう」

カナが興味深げに、眉をピクリと動かす。

「あれから俺と美咲の前に現れたことはなかった。なぜ今回、高校生の色恋沙汰に、あいつが絡んでいるのか謎だ」

「なんだか、面白くなってきたねえ」

両腕を前に伸ばして、絡めた指をポキポキと鳴らすカナ。
なんだか、さっきより顔色が良くなったように見える。

「し、し、し、しつつつれいします!!」

突然、病室に医療用マスクを付けた小柄の医者が入ってきた。

いや違う。どう見ても医者ではない。
薄汚れた白衣は着ているものの、頭はボサボサ。どこを見ているかわからないぎょろりとした目は、ひっきりなしにその視線をあちこち移動させている。
その異様な姿は、まるでマッドサイエンティスト。

「し、し、し、しんんんさつのじかんです!!」

「おまえは誰だ」

「い、い、い、いしゃしゃしゃですとも、もちろん!!」

「いや、明らかに違うだろ」

「カナカナカナカナさんの、し、し、しんんんさつです!!」

カナはひぐらしか。

よく見ると、右手にメスを握りしめている。
わかりやすいったらない。

「あんた『ニセ医者』だよね。前に、『【殺し屋】慰労会』で見かけたよ。酔っ払って絡んだ日傘おばさんに、何度も尻を刺されるの見た」

カナが冷静に言うと、男は発作が起きたかのごとく、全身をびくっと跳ね上げる。

「なに? 命令を受けて、私を殺しに来たわけ?」

「いえいえ、め、め、め、めっそそそうもない。いや、ち、ちがう。わたしは、いしゃだ!! か、か、か、かんんんちがいするな!!」

大声で怒鳴ったかと思うと、ふいに男はメスを振りかざしてベッドに寝ているカナに襲いかかる……。

が、次の瞬間、股間を押さえてその場にうずくまった。

布団から突きだしたカナの右足が、あれにクリーンヒットしたのだ。

「あ、あ、あ、あああああっ!!」

手からぽとりとメスが落ち、自らの太ももに突き刺さる。

「ぎゃああああああっ!!」

気の毒なほど、殺し屋に向いていない。そして、なにより騒がしい。

男は股間を押さえ、太ももにメスを突き刺したまま病室を飛び出していった。

明らかに、カナを倒した奴らとはレベルが違いすぎる。

「『仕事』から抜けるのもホントに大変なんだな。いったいいつまで続くんだ、こんなこと」

カナは無表情なまま、肩をすくめた。





病院を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
ハヤブサの後ろにあずさを乗せて、彼女の家へと向かう。

「さっきは、すまなかった。ユータと上手くいけばいいな」

「……はい」

「誰が仕組んだか知らないが、こんな茶番はとっとと終わらせよう」

青梅街道を、荻窪から三鷹に向けてゆっくりと走る。
後ろに乗っているのがカナでないことに、なぜか違和感を感じた。
そう、今年の夏。壊れかけたハヤブサで、カナを後ろに乗せてこの道を走ったんだっけ。

あのイメージが、つい昨日のように蘇る。

いかんいかん。

最近、どうもカナに取り憑かれている。
家にいる沢山の猫どもすら、カナに見えてしまう。

しっかりしろ、俺。

と、一台の黒い大型バイクが、するりと追い抜いて行った。
カワサキZZR1400。通称、ニンジャ。
ハヤブサのライバルとも言える最速マシンだ。

そして、ニンジャはハヤブサの前にぴたりと付けると、速度を落とす。

なんだよ、邪魔だな。

抜こうとして、左右に目線を向けると、両側にも黒いニンジャ。
いつの間にか、3台のバイクに取り囲まれていた。

両側に張り付いたニンジャは二人乗りで、全員黒のフルフェイスヘルメット、黒いジャケットに黒パンツ姿。
まさに黒ずくめで、皆、屈強そうな体躯をしている。

いやな予感がした。

「しっかり捕まってろよ!」

振り返ってあずさに声を掛けたその時、視界の片隅に殺気を感じた。
右側のニンジャ。
タンデム(リア)シートの男が、隠し持っていた棍棒を、やおら俺に向かって振りかざす。

俺はとっさにフルブレーキを掛けて、集団の後方へと逃れた。
振り下ろされた棍棒は、ターゲットを失い、目の前で空を切る。

そういうことか……。

黒い服、棍棒を持った集団。
カナを襲った奴らに違いない。

敵は3台。
バトルするにも、後ろにあずさを乗せているから無茶はできない。
この場は、兎に角逃げるしかない。

くやしいが、やむを得ない。

ハヤブサを大きく横に傾けて路肩側に寄せると、アクセルを開けて集団を追い越した。
そのまま、加速させる。

夜20時。
この時間帯はまだまだ交通量が多く、素早く左右に車体を振りながら、車間をすり抜ける。
前方に光る数多のテールランプが、目の前をかすめていく。
重量級のハヤブサには不利な状況だが、それは奴らにとっても同じだろう。

だが、バックミラーを覗くと、奴らは俺の後ろにぴったり張り付いていた。
時速100キロでの、すり抜けチェイス。
奴らも相当なテクニックを持っているようだ。

このままでは、逃げ切れない。

仕方ない、やるしかないか。

俺はわざと速度を落とした。
たちまち、右横に一台のニンジャが並ぶ。
タンデムシートの男が、再び棍棒を振り上げる。

今だ。

ハンドルを素早く、小さく切ってニンジャに寄せると、右足で思いっきり車体を蹴り飛ばした。

不意の攻撃でバランスを崩した敵は、振り子のように左右に大きく車体を揺らしながら、やがて激しいクラッシュ音とともに路面に沈み込んだ。

バックミラーに、路上を転げ回る男たちの姿が映る。

あと、2台。

ふいに衝撃を感じて、あわててハンドルを握り直す。
後方からハヤブサの左側に回り込んだ1台が、体当たりを仕掛けてきていた。

体勢を整えて、俺もぶつけ返す。
ハヤブサとニンジャは、車体をぴったりと密着させたまま、速度を徐々に上げていった。

前方を走る大型トラックが、みるみるうちに接近する。
積載するトレーラーは巨大な壁となり、目の前に立ちはだかる。

あと、数メートル。
赤いテールランプの光が、眩しく眼を射抜く。
このままでは、突っ込んでしまう。

いや、ピンチはチャンスだ。

右足のブレーキペダルを思いっきり踏み込んだ。
タイヤのスキール音と共にスライドする車体をコントロールしつつ。

敵の後ろ側に回り込んだ俺は、再度アクセルを捻ると、そのままニンジャのテールに突っ込んだ。

激しい衝撃。

思わず体がつんのめり、後ろでしがみつくあずさの体重が背中にのし掛かる。

後ろから押され、加速がついたニンジャは、そのままトレーラーの壁に吸い込まれていった。

カウルが粉々になって飛び散る。
フレームが大きく捻れた瞬間、ニンジャのテールランプがふっと消えた。

二人の男の体がバンザイをしたまま大きく上に跳ね上がって、まるでスローモーションのように、粉々になったニンジャの部品が散乱する路面へとその体を叩きつけた。

俺はするりとトレーラーを追い越すと、バックミラーに目をやる。

残った1台が追って来る気配はなかった。

背中にぶるぶると震える、あずさの体の感触。

スピードを落とすと、路肩にハヤブサを停めた。

「大丈夫か?」

体に必死にしがみついたまま硬直している、あずさの手をゆっくりと解いて、ハヤブサから降ろす。

あずさの顔は蒼白で、震えが止まらない。
そのまま、腰が抜けたように路面に座り込む。

奴らは俺ばかりか、あずさまで巻き込んで襲撃してきた。
いったい何が目的なんだ。

ぷるるるる。

あずさのスマホが鳴っている。
放心状態のあずさは、びくっと体を動かすとポケットからスマホを取り出し、耳に当てた。

「……はい。……うん、うん……大丈夫だから……」

はっと、気がついた。

襲われた直後に電話してくるなんて、あまりにもタイミングが良すぎる。

俺はあずさからスマホを取り上げると、相手に向かって怒鳴りつけた。

「おまえなんだな、ストーカーは!」

返事はなく、電話はぷつりと切れた。





空はどんよりと曇り、今にも雨が落ちてきそうな塩梅だ。
しかもこの時期にしては、冷たい風が強く吹いている。
俺は、まるでユータのように、着ていたパーカーのフードを頭に深く被り、ポケットに手を突っ込んだ。

目の前には、高校の校門。
16時をまわった頃合い。

帰宅部の高校生たちが、わらわらと学校から解放されていく様子を、じっと眺めていた。
女子高生が、ちらりと怪訝な目で俺を見る。

はたから見れば、まごう事なき不審者、なんだろうな。

だが、もう不審者扱いには慣れている。
カナと初めて会った時も、最初の言葉は「オジサンは不審者」だった。
俺には、そう見られやすい資質があるのかもしれん。

だが今更、どう見られようが構わない。

奴を取っ捕まえるには、ここで見張るしかないのだ。

ストーカーをストーキングする、俺。
なんだかもう、わけがわからない。

30分程待って、そいつは漸く校門から姿を現した。
ひとりきりなのは、好都合だ。

すでに、ぽつぽつと小雨が降り始めている中、背を屈めながら、ケースに入れたテニスラケットを傘代わりに頭にかざしている。

「おい、ちょっと待て」

真正面から睨みつけながら近づくと、奴はびくっと体を震わせた。

「な、何ですか? あなたは誰ですか?」

「昨日、電話で話しただろうが」

「えっ!?」

「テニスラケットなんて抱えて、テニス部のユータに成りきるつもりか? 次はどうせ整形でもするんだろ」

みるみる表情が青ざめ、顔の面積の割には小さい目をひっきりなしに泳がす。

「おっと、逃げるなよ。トシオ君。おまえには、いろいろ聞きたい事があるんだ」

小柄で小太りなトシオの、むっちりとした腕を掴む。

「な、何するんですか。やめてください! 警察呼びますよ!」

「ああ呼べよ、警察。おまえがカナやあずさを襲わせた事も話そうか」

道行く学生が、興味深げに俺たちの方を眺めている。
これ以上目立つのは、あまりよろしくない。

腕を掴んだまま、校門から離れた人気のない大きな街路樹の下へと引きずり込んだ。
雨は次第に強くなり、秋が深まるに連れ力なく頭(こうべ)を垂れた葉っぱの隙間から、ぽつぽつと雨粒がしたたり落ちて来る。

ぽつん、という音とともに、トシオの大きな眼鏡のガラスにも水玉がこびり付いた。
気づくと、その目には狂気が宿り始めている。
トシオは態度を豹変させ、低い声で囁いた。

「……邪魔するのはやめてもらえますか? 命の保証ができませんよ?」

「何の邪魔だ。説明してもらおうか」

「僕とあずさの関係です。僕たちは上手くいってるんです」

「ユータをストーカーに仕立て上げて、おまえが相談に乗る振りをしてあずさをかっさらう。そんな筋書きか」

「元々、あずさは僕と付き合う運命なんだ。ユータなんて女好きで軽薄な奴に、あずさはふさわしくない!」

そう言うおまえは、ふさわしいのかよ。

「あの日、忘れ物を取りに教室に戻ったら、なぜかあずさとユータが二人きりでいて。ユータの野郎、他の女どもだけじゃ飽き足らず、あずさにまでちょっかい出そうとしているのを、この目で見たんだ。許せない! 僕のあずさに手を出す奴は、それなりの代償を払ってもらうしかないんだ!」

「それでユータを脅して、あずさのストーカーに仕立て上げ、嫌われるように仕組んだのか」

「まあ、そんなとこだね」

ん?

どこか、変だ。
なぜトシオは、こんなに悠然と構えてられるんだ?

ポケットに突っ込んだトシオの手が、妙な動きをしている事に気がついた。

「何をしている。ポケットの中のモノを出せ」

トシオはニヤニヤと笑いながら、ポケットからスマホを出して、俺の前にかざす。

「今、『組織』に連絡したよ、オジサン。もうじき、彼らがここにやって来る」

乾いた声で笑い始めるトシオ。

「オジサンも、もうお仕舞いだよ。カナと同じ目に遭わせてあげる」

「そうか、『ISA』というのは、『組織』の名前だったんだな」

「International Stoker Association. 日本名称、国際ストーカー協会。巨大な組織さ。ストーカーは悪じゃないって教えてくれた。ひとりじゃ弱いからストーカー扱いされるんだ。ストーカー同志、大勢でお互いにサポートし合えば、愛情を相手に理解させるよう仕向けることなんて簡単にできる。この世にストーカーなんていなくなるんだ。どう、素晴らしい理念でしょ」

「愛情を理解させるよう仕向ける、だと? ふざけるな」

「ふざけてないよ。実際あずさだって今やすっかり僕の愛情に答えてくれている」

「おまえは、そのあずさを襲わせて、殺そうとしたんだぞ!」

「それは邪魔なオジサンを狙っただけだよ。もしあずさが怪我でもすれば、勿論僕が看病するさ。僕たちの愛は更に深まるんだ!」

狂っている。こいつも、その組織も。
もうひとつ、確認すべき事がある。

「おまえをサポートしてるのは誰だ」

「葉山って人だよ。顔はオジサンに似てるけど、中身は大違い。ISA東京地区の支部長で、とっても面倒見のいい人なんだ」

葉山。

やはりあいつか。まだ、俺の名前を語っているのか。

巨大ストーカー組織の幹部だったとは。

「教えてくれたんだよ。まずは相手が好きな人に成りきる事からはじめろって」

恐らく一度もケースから出した事すらないであろう新品同様のテニスラケットを、ゆらゆらと揺らしてみせる。

「さよなら、オジサン。組織からは逃げられないよ」

トシオは暗い目で、勝ち誇ったようにじっと俺を見る。

「……そうかな?」

突然、手に持ったトシオのスマホが鳴る。

『すてきなひとからメールがとどいたのだ!! だいすきなあずさちゃんかもね!!』

趣味の悪い着信ボイスだ。

彼ら来たみたいだよ、と言いながらメールを開いたトシオの顔がみるみる青ざめる。

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件名:【殺し屋】発送のお知らせ

本文:

毎度ありがとうございます、【殺し屋】派遣ネットショップです。

【オジサン】様よりご注文頂きました【殺し屋】を本日発送しましたので、お知らせします。

お届け予定時間:NOW!

お届け先:あなた

お届けする【殺し屋】:最強の女子高生

返品、交換は一切受け付けられませんのでご了承ください。
ご不明な点につきましては、【オジサン】様にお問い合わせください。

またのご利用をお待ちしております。

※このメールアドレスは配信専用です。このメッセージに返信されても回答しかねます。

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「そ、そんな!! カナが来るはずが無い。あいつは重傷で入院しているはずだ! それに殺し屋も辞めたと聞いた!」

狼狽えるトシオの背後で、聞き慣れた声がした。

「ところが、どっこい」

一瞬のうちに固まるトシオ。

音も無く近寄った制服姿のカナが、トシオの右肩をがっしりと掴む。
その後方では、ISAのメンバーであろう黒服に身を固めた屈強そうな男達が、あっけなく路上に倒されていた。

「カナ、殺し屋派遣ネットショップに注文すると、どうなるんだっけ?」

「ターゲットは殺される。確実にね」

カナに掴まれたトシオの肩がギリギリと音を立てる。

「わたしに、失敗の二文字はないのさ」

トシオは顔面蒼白となり、がたがた震えながら、そのまま雨で水浸しの路上に這いつくばった。

「ご、ご、ごめんなさい!」

「おいおい、謝る相手が違うだろ」

慌ててカナの方に向き直り、目に涙を溜めて懇願する。

「カナさん、許してください!」

「あんたは何もわかってない」

カナが低い声で呟く。

「あずさに謝れ。あんたにあずさを好きになる資格はないよ」

俺も言いたい事がある。

「なぜだか、わかるか? おまえが本当に好きなのはあずさじゃない。他でもないクズ野郎の自分自身だからさ」

……ああ、うあああああああ……。

トシオはその場に突っ伏したまま、大声を上げて号泣した。