雲ひとつない、群青色の広い空。
白いワンピース姿の美咲が、寄せる波をかわしながら、波打ち際に沿って跳ねるように歩いて行く。
それは屈託の無い、ごく自然な笑顔で。
俺は、ファインダーを覗きながら夢中でシャッターを切る。
江ノ島から片瀬東浜を通って、ここ七里ケ浜へと撮影しながら歩いて来た。
陽もかなり傾き、今日のロケは、そろそろ終わろうとしている。
そして美咲と会うのも、今日が最後だ。
カメラの液晶モニタを覗き込む美咲。
今日撮影した写真を、食い入るように見つめている。
「やっぱり、すごいね! 才能あるよ、浩介くん」
「いや、モデルがいいんだよ」
「絶対、有名なカメラマンになれるって。お金持ちになれるよー」
小悪魔っぽくウインクをする美咲。
「ねえ、お金持ちになったら、何が欲しい?」
金がいくらあっても、美咲の心は買えない。
「……そうだな、バイクかな。ハヤブサっていう世界最速のバイク」
「買えるといいね!」
無理だ。
ほんの一握りの、運に恵まれ才能豊かなカメラマンだけが、生き残れる世界だ。
平凡な俺はこのまま薄給で、しがない雇われカメラマンを続けるしか道は無いのだ。
夢なんか、もう何もない。
ただ、今だけは。
しゃがんで砂の中から拾い上げた、七色に輝く貝の欠片から丁寧に砂を払う美咲の姿を、しっかりと目に焼き付ける。
空は、いつしか夕刻の茜色へと変化していた。
美咲が愛おしい。
一緒にいるだけで幸せっていうのは、嘘だ。
自分勝手に思い詰め、ストーカーまがいの事さえしてしまった。
でも、わかったんだ。
一方的に好きな感情を押し付ける行為が、愛じゃないってことを。
好きだからこそ、美咲には幸せになってほしい。
今日で、美咲のことはきっぱりと忘れるんだ。
美咲はしゃがんだまま、貝がらをじっと見つめている。
俺はカメラを構えると、レンズを美咲に向けた。
「なあ」
「ん?」
「今まで、ありがとう」
「なに、それどういう意味?」
「今日で会うのは最後にしよう」
「……えっ」
美咲がこちらを見上げる。
夕陽の強い光に照らされて、眩しそうな。
そして、驚きと、戸惑いと、怒りと、悲しみと。
全ての感情が複雑に入り交じった、その表情に向けて、俺はシャッターを切った。
奇跡のように美しく、それでいて悲しい、最後の一枚(ショット)。
「なんで、そんなこと言うの?」
「……だって、俺は美咲が好きだから」
美咲がゆっくりと立ち上がる。
俺の声には、いつしか嗚咽が入り交じっていた。
「本当に美咲には幸せになって欲しいんだ。だから……」
美咲はまっすぐこちらを向いて近寄ると、ポケットから何かを取り出し、俺の手に握らせる。
「……最後じゃないよ」
手には、猫の姿をしたスサノオのお守り。
「これからだよ」
美咲は、俺を静かに抱きしめた。
◇ ◇ ◇
「最後の一枚」は、その年の大きな写真コンテストで金賞を取った。
そして、俺の仕事や生活は一変することとなる。
◇
気がつくと雨はいつの間にか上がり、夕焼け空が辺り一面を茜色に染めていた。
ところどころに残された水たまりに反射した、暮れかかる太陽の光がキラキラしてて眩しい。
「さすが、元ストーカーのオジサン。ストーカー心理の分析は得意ですな」
「やめろ」
カナに美咲との馴れ初めなんて、話すんじゃなかった。
確かに、かつて俺はストーカー寸前だった。
だが、ぎりぎりのところで思いとどまり、結果として今は美咲と幸せに暮らしている。
想いを伝える方法は、いくらでもあるが。
結局は、愛する心を見失わず、しっかり自分と向き合う事が大事なんだ。
本当の幸せは、強制しても決してやっては来ない。自然に受け入れるもの。
ストーカーなんて、自己愛しか持たない最低の人間がすることだ。
「……敵はでっかい組織だ。美咲のストーカーだったあいつが、また襲って来るぞ」
図らずも、結局カナを殺し屋に復帰させてしまった。
その現実に心がちくりと痛む。
そんな気持ちと裏腹に。
「なんだか、ワクワクしてきたねっ」
両腕を思いっきり天に向けて、伸びをするカナ。
その顔は笑っていた。
あれ、カナの底抜けの笑顔を初めて見たような気がする。
カナは、水たまりを大きくジャンプして飛び越える。
かばんの取っ手にぶら下がった、アマテラス猫のお守りが小躍りしていた。
やばい、寝坊した。
今日は超有名アイドルの、グラビア撮影だってのに。
やっと掴んだチャンス。カメラマンとして名を上げるための大事な仕事なのだ。
俺はベッドから飛び起きて、猛ダッシュで支度すると、商売道具が入った重いカメラバッグを担ぎ上げた。
「コースケ、朝ごはんは?」
ベッドから半身を起こした美咲が、目を擦りながら眠そうな顔で俺を見る。
「いいよ、どっかコンビニでも寄って買うよ」
美咲が作る絶品のスクランブルエッグを食べたいが……。
家で朝食を済ませてから仕事行くのが習慣になっているので、どこか落ち着かない気もする。
美咲と朝食を一緒に食べるのは、これまで当たり前のように続けて来た、日常の一部でもあった。
それを欠くのは、ゲン担ぎじゃないけど、何か良くない事が起きるような、そんな引っかかりを覚える。
「じゃあ、行って来るよ」
「気をつけてね」
玄関のドアを開けたとたん、薄暗い曇天の空から冷たい木枯らしがびゅっと吹き付け、思わず身震いした。
吐く息も白い。このところ、急に冷え込みが増してきた。
もうすぐ12月。
俺は冬が苦手だ。寒いとハヤブサに乗るのも辛いのだ。
両手をこすり合わせて暖めながら、エレベーターに乗り込む。
腕時計を見ると、7時すぎ。
三鷹から代官山のスタジオまで、電車で40分くらいか。
スタジオ入りは8時だから、ぎりぎり間に合いそうだ。
4階で、がこんと音を立ててエレベーターが止まった。
ドアが開いて男が乗り込んで来る。
「やあ、おはよう」
その声に、どこか違和感を感じながら顔を上げたとたん、俺は固まった。
目の前に……。
俺がいる!
髪型、顔かたち、体型。
まるで鏡を見ているようだ。
そして、その声までも、俺の声にそっくりだ。
「なっ!?」
「お久しぶりだね」
にやついた表情で、すぐに気がついた。
あいつだ。
ついに、目や声帯までも整形したのか。
どこからどう見ても、「俺」そのものに変貌していた。
エレベーターの扉が閉まり、がこんと動き出す。
「ど、どういうつもりだ!」
俺は身構えて、あいつを睨みつけた。
「ついに、この時がやってきたってことかな」
あいつは、にやにやした表情を顔に貼り付けたまま、エレベーターの緊急停止ボタンを押した。
ふたたび、がこんと音を立てて、エレベーターが2階付近で停止する。
「何をする……?」
「楽しいショーの開幕だよ」
そう言いながらゆっくりと、ポケットから何かを取り出した。
赤いボタンが付いた小さな黒い箱だ。
「それは何だ」
「君の人生を変えるスイッチさ」
あいつは片側の口角を吊り上げて不気味な笑みを見せると、赤いボタンをポチっと押した。
そのとたん、耳をつんざくようなドカンという轟音とともに、エレベーター全体が激しく揺れ動き。
そのまま落下した。
一瞬の後、激しい衝撃とともに、あいつと重なり合うようにエレベーターの床に叩き付けられ。
俺の意識は、そこでぷつんと途絶えた。
◇
ゆっくりと目を開ける。
頭の中は、まだ霞がかかっているようだ。
ぼんやりとしていて状況が飲み込めない。
そこは薄暗く、さほど広くない部屋の一室だった。
壁の上の方に小さな窓があり、そこから僅かに陽の光が差し込んでいるが、この位置からだと外の様子はうかがえない。
反対側の壁には、ドアノブの付いた扉がある。
部屋の中央に置かれた、木製の肘掛け椅子。
そこに、俺は手足をロープで縛られた状態で座っていた。
目の前には、なぜか大型の液晶モニタ。
電源は入っておらず、何も映し出されていない。
それ以外、部屋の中には何もなく、がらんとしている。
くすんだコンクリートの白い壁は、ところどころ染みやヒビが見られ、ここは、ある程度年数が経った建物の中のようだ。
今、何時だろう。
腕時計を見ようとして、無くなっている事に気がついた。
誕生日に美咲からもらった、大切な腕時計なのに。
体を動かそうとするが、椅子にきつく縛り付けられていて、びくとも動かない。
椅子自体も床に固定されているようだ。
エレベーターの床に叩き付けられた時に打ち付けたのか、頭と腰が痛む。
「おーい」
大声を上げてみた。
「おーい、誰かいますかー!」
だが、あたりはしんとしていて、何の反応も返ってこない。
窓から微かに、外を行き交う車の走行音が聞こえるだけだ。
なんだ。
これは、いったいなんなんだ。
あいつに、嵌められたのか。
考えを巡らせていると、突然、モニタの電源が入った。
映し出されたのは、ベッドに横たわる包帯が巻かれた男の頭。
そして、ベッド周辺に置かれた計器やら点滴やら。
どうやら、そこは病室らしい。
カメラはベッドの枕元に置かれているらしく、広角レンズで病室全体を映し出していた。
頭が動き、ベッドに横たわったまま、ゆっくりとカメラの方に向き直る。
そこには、俺の顔をした、あいつがいた。
『やあ、そっちの居心地はどうかな?』
俺は思わずモニタに向って、怒りを込めて叫んだ。
「おいっ! どういうつもりだっ!」
あいつは、片手を耳に当て、うんうんと頷く仕草をする。
『なるほどなるほど。怒っているようだね。だけど、ごめん。そっちにはマイクがないから何も聞こえないんだ』
あいつは毛布から手を出して、腕時計を眺める。
俺の腕時計だ。
『あ、これね。貰っておいたから。君のスマホや財布もね。これで俺はすっかり葉山浩介、だね』
ふざけるな! とモニタに向って叫ぶが、あいつには届かない。
『いやあ、大変な『事故』だったね。まあ、あのマンションのエレベーターは元からガタがきてたから、落下事故が起きても不思議は無いよね。仕掛けがあったなんて、誰も疑わないよ。さてさて、お楽しみはこれからだ。よーく見ててね』
あいつはカメラに向ってウインクすると、仰向けに寝転がる。
そこへ、手に袋を持った美咲が心配そうな顔で病室に入って来た。
『とりあえず売店でタオルとか日用品、買って来たよ。どう、痛みは?』
『うん、頭がちょっと痛むけど、大丈夫だよ』
美咲はベッド脇の椅子に腰を下ろし、涙ぐんでいる。
『ホントに心配したんだから、コースケ』
違う!
そいつは、俺じゃないんだ!
『ただ、頭打ったせいか、記憶がちょっと曖昧なんだよな。勿論、美咲のことは覚えてるけど、他の事を思い出そうとすると、霞がかかっているというか、何も思い出せない』
白衣を着た医者が、病室に入って来た。
いや、医者じゃない。
ボサボサの髪の毛。ひっきりなしにぎょろりとした目を動かしている。
こいつは、殺し屋派遣ネットショップの『ニセ医者』だ。
カナが入院した時に襲って来た、ヘタレの殺し屋。
『や、や、や。ぐ、ぐ、ぐ、具合はど、ど、ど、どうですか』
美咲がニセ医者に頭を下げて挨拶する。
当然ながら偽者だと知るはずもない。
『先生、このひと記憶を無くしているみたいなんです。大丈夫なんでしょうか』
『あ、あ、あ、あ、頭を打ちましたからね。おそらく、いちいちいち、いち時的な記憶障害でしょう』
『治るんでしょうか』
『な、な、な、治りますとも! いや、治らないかも!』
どっちなんだよ。
『と、と、と、とにかく。軽い打撲はありますが、骨折とか内蔵損傷は見られないので、に、に、に、にさん日で退院できるでしょう!』
よかった、と美咲が胸を撫で下ろす。
ニセ医者は、軽く頭を下げると、かくかくした動きで病室を出て行った。
『……美咲、ごめんな。心配かけて』
あいつが、しおらしく美咲に声を掛ける。
美咲は不安そうに、あいつをじっと見つめていた。
『……こっちへ、おいで』
あいつが両手を伸ばすと、美咲はゆっくりと立ち上がり、その腕の中に体を沈み込ませる。
や、やめろ。
やめてくれ!
そして、あいつは美咲の髪を撫でながら、もう片方の手を顎にそっと添えると、顔を寄せ。
美咲にキスをした。
それは濃厚な、長い長いディープキス。
なんで、こんなことが……。
次の瞬間、モニタの映像はぷつんと切れて、真っ暗になった。
俺は、頭の中が真っ白だった。
ロープをほどこうと必死に手を動かしてみるが、びくともしない。
気がおかしくなりそうになりながらバタバタもがいていると、ふいに、モニタが再度ついた。
『やあ』
あいつだ。
美咲の姿は見えない。
『君と話したいから、美咲ちゃんには水を買いに行ってもらったよ。あれ、とっても怒ってるかい? そうだよねえ、暴れたい気持ちもわかるよ。でも、これでわかったかな? 君と俺は、完全に入れ替わったってことをさ。そうそう、美咲ちゃんの唇、やわらかくって最高だね!』
モニタの中のあいつは、バカにしたように舌を出す。
『さて、ここまでは前菜。実はここからが、最大の見せ場なんだ。だから、チャンネルはそのままでね!』
しばらくして、ペットボトルを手にした美咲が病室に戻って来た。
『はい』
『ありがとう、美咲』
ペットボトルを受け取りながら、あいつが妙にしおらしく答える。
『……あのさ、美咲』
『なに、なんか他に欲しいものある?』
『いや、そうじゃないんだ。実は、色々思い出して来た。それでな、美咲にどうしても話さなきゃいけないことがある』
『どうしたの、改まって』
あいつはそこで一旦口をつぐむと、目線を美咲から背けた。
『何よ、話してよ』
美咲は少し不安そうな目で、あいつをじっと見つめてる。
やがて、あいつの口から発せられた言葉に、俺の心臓は跳ね上がった。
『美咲、別れよう……』
美咲は、驚いた表情で声を上げる。
『え、どういうこと!?』
『これまでずっと、言えなかった。実は他に好きな子ができたんだ』
『ちょっと、冗談はやめてよ』
『本当だ。だからもう、美咲と一緒にいることはできない』
『そんな……』
美咲は目を大きく見開き、口が半開きになっている。
それは、俺も同じだった。
『カナっていうんだ。女子高生だよ。夏から付き合っている』
『女子高生? コースケ、何を言ってるの?』
『美咲が知らないところで、ずっと会ってたのさ。もう、隠れて付き合うのは限界なんだ。俺はカナを愛している。だから、美咲とはこれで終わりなんだ』
美咲の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
『ねえ、コースケ。嘘だと言って。冗談だって言ってよ……』
『美咲、本当にすまない。これまでありがとう』
あいつは、キッパリとした口調でそう言い放つと、全てをシャットアウトするように顔を背ける。
美咲は涙をぬぐおうともせず、暫くあいつを見つめていた。
そして、二、三歩後ずさりすると、踵を返し、俯きながら早足で病室を出て行った。
モニタ越しのその空間で、今、この瞬間、目に見えない大切なものがなくなってしまった。
映し出される画像に変化はないのに、明らかに、そこから消え失せたものがある。
俺は、放心状態でその様を眺めていた。
いつしか、モニタの電源が切れたのにも気づかずに。
◇
あれから、何時間経っただろう。
俺はずっと、考えていた。
あいつは、美咲のストーカーだった。
周到な計画を立てて俺と入れ替わり、ついに美咲を手に入れた。
思いを遂げたんだ。
しかし、その直後にあいつは美咲に別れを告げた。
なぜなんだ。
すぐに別れるのなら、なぜこれほど長期間に渡ってストーキングしてたんだ?
わからない。
ロープが食い込んだ手首からは、血が滲んでいた。
だが、痛みは感じない。
俺はすっかり脱力感に包まれ、全ての感覚が失われつつあった。
ぷつんと音がして、ふたたびモニタの電源がつき、あいつの声が耳に飛び込んで来た。
俺に向って話しかけているのかと思ったが、そうではない。
大声で電話を掛けていた。
『……もしもし、『バイク買い取り宇宙ナンバーワン、超高価買い取り、即日ニコニコ現金払いのバイクキング』さんですか? バイクを売りたいんすけど。てか、タダでいいんで、すぐに持ってってもらえます? ハヤブサってバイクです。とっとと処分したいんです、はい。住所は……』
病室の入り口に佇んでいる人影が目に入った。
制服姿のカナだった。
カナは心配そうに眉を歪め、もじもじしながら、ゆっくりとあいつに近づく。
あいつは電話を終えると、カナの姿に気づいた。
『なんだ、おまえか』
『……具合、どうなのさ』
『別に? なんでもない』
あいつは、そっけなく答える。
カナは後ろ手で持っていた紙の包みを、あいつに差し出した。
『なんだ、それは』
『……福神漬け』
『なんで、福神漬けなんだ』
『好きだって言ってたから』
確か前に、カレーの付け合わせに福神漬けは最高だ、と言った覚えがあるが。
福神漬けだけ持って来るところが、いかにもカナらしい。
『そんなものは、いらん』
あいつは、差し出された袋をはねのけた。
カナは床に散らばった福神漬けに目を落とす。
『どうした、オジサン』
『ふん、どうもしねえよ』
『また、記憶なくしたとか?』
『そんなわけねえだろ』
『なんか、雰囲気が違う』
『当たり前だろ? エレベーターが落下したんだ。叩き付けられて、からだ中が痛いんだよ!』
カナは心配そうに、大きな目でじっとあいつを見つめている。
『……ハヤブサ、売っちゃうの?』
『あんなもん、もう必要ない。飽きたのさ』
『ずっと大事にしてたじゃん』
『うるさいな、大きなお世話だ。この際だからついでに言ってやる。おまえにもうんざりなんだ。これまでおまえに関わって、ろくな事がなかった。もう、こりごりだ』
あいつはカナを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
『……オジサン、本気で言ってる?』
『ああ、本気だとも! ずっと迷惑してたんだ。いつまでも俺のまわりをうろちょろしやがって、目障りにもほどがある。これ以上、おまえのお遊びに付き合いきれん』
『……』
『だいたい、俺がおまえのことなんか、好きなはずないだろうが!』
カナは無表情だった。
いや、俺にはわかる。
あいつは、すごくショックを受けている。
『……わかった。本当にこれまで、かたじけなかった』
かたじけない、の使い方が、間違ってる。
『ああ、二度と顔を見せるなよ』
カナはごそごそとカバンからアマテラス猫のお守りを取り外すと、あいつに突き出した。
『なんだ、これは?』
『……』
『こんなもん、いるかよ!』
あいつは、お守りをひっ掴むと、病室の奥へと放り投げた。
カナは床に転がったお守りを、暫くじっと見つめていた。
そして、何も言わずに、病室から駆け出ていった。
◇
小窓が強い風で、カタカタと鳴り続けている。
この部屋の唯一の光源であるが、その明るさも次第に弱まりつつあった。
あれから、どれだけ時間が経過したのか。
不思議と喉が乾いたり、腹が減ったりとか、トイレへ行きたいといった生理的な感覚が湧いてこない。
人間、とことん追いつめられると麻痺するらしい。
あいつは、俺から美咲を奪った。
そして、カナ。
ハヤブサまでも。
大事な仕事も、すっぽかすこととなってしまったので、もう二度とこんなチャンスは巡ってこないだろう。
全てを失った。
やれやれ。
こんな最悪な状況なのに頭に浮かんだ言葉は、それだけだった。
怒りや、悲しみや、悔しさや、絶望。ありとあらゆる負の感情を超越した言葉。
「やれやれ、だ」
口に出してみると、心なしか気分が少し和らいだように感じる。
目の前のモニタはついたままだ。
スマホのメール画面が、映しだされている。
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件名:【殺し屋】発送のお知らせ
本文:
毎度ありがとうございます、【殺し屋】派遣ネットショップです。
【葉山浩介】様よりご注文頂きました【殺し屋】を本日発送しましたので、お知らせします。
お届け予定時間:1時間以内
お届け先:あなた
お届けする【殺し屋】:ゆるキャラ
返品、交換は一切受け付けられませんのでご了承ください。
ご不明な点につきましては、【葉山浩介】様にお問い合わせください。
またのご利用をお待ちしております。
※このメールアドレスは配信専用です。このメッセージに返信されても回答しかねます。
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やれやれ。
もう、どうにでもなれ。
ガチャリ、とドアノブを回す音がした。
ひさびさに感じる、人の気配。いや、凶悪なペンギンか。
ドアがゆっくりと開いて姿を見せたのは、やはりというか、毛むくじゃらの巨大な着ぐるみだった。
「ちーっす」
愛らしい大きな瞳のペンギンから発せられる、だるそうな声。
手には魚の形をした鈍器。
その凶器をくるくると振り回しながら、奴はゆっくりと俺に近づく。
「配達に伺いましたー」
俺は、目の前にそびえ立つペンギンを見上げた。
「ああ、とっとと済ましてくれ」
「まじっすか。今日はずいぶん素直っすね」
「もう、どうでもいいのさ」
「駄目っすよ、人間、最後まで生きるために必死でもがかねえと。『死中求活』って言うでしょ。アーネスト・ヘミングウェイも言ってたじゃねえっすか、『世界は美しい、戦う価値がある』ってね」
殺し屋に、説教される俺って。
てか、意外と博識なんだな。
ペンギンは頭を傾げると、ふうと息をつき、ゆっくりと魚を振り上げる。
俺は目を瞑った。
これで終わりだ。何もかも。
耳元で、びゅっと言う鋭い風切り音が聞こえた。
そして、激しい破壊音。
あれ?
目を開けると、粉々に破壊されたモニタが床に転がっていた。
予期せぬ攻撃に驚いたかの如く、画面がぱちぱちと点滅していたが、やがてすっかりその機能を停止した。
なにがなんだか、わからない。
ペンギンは、壊れたモニタをつぶらな瞳でじっと眺め、やがて魚を放り投げた。
「……どういうことだ?」
「埼玉に新しいアミューズメント施設ができるの知ってます? 『ゆるキャラドリームランド』って言って、全国のマイナーゆるキャラが集結するんすよ」
話しながら、だるそうに頭をぐるぐる回すペンギン。
ポキポキと音が鳴る。
「俺、そこに採用されたんす」
「それは……おめでとう」
「なので、もうこんな稼業は辞めるんだ、俺」
いつしか、着ぐるみから発せられる凶悪なオーラが、消え失せていた。
「ゆるキャラなんか、もうオワコンだからこの先どうなるかわかんねえっすけど、とりあえず精一杯やってみるっす。あんたも何をされたのか知らんけど、頑張って生きて下さいよ。『人間万事塞翁が馬』ってね。いいことも悪い事も、いろんな事が待ってるのが人生ってやつっすよ。あきらめちゃ終わりだ」
着ぐるみは俺を見下ろしながら、相変わらず気だるそうな話し方でそう言った後、肩をすくめてドアへと向って行った。
俺はその背中に向けて声を掛ける。
「……おい、あのさ」
「なんすか?」
「どうせ助けるなら、このロープも解いてくれないか?」
俺が俺だと証明できるものは、何があるのだろう。
身分を証明する免許証やスマホなんかは、あいつに奪われた。
しかし、それを持っていたところで、果たして自分である証(あかし)となるのだろうか。
偽物の俺が、しでかした事実は消えない。
美咲に別れを告げたこと。
別れの理由に、カナを引き合いに出されたのは堪えた。
美咲には、カナのことを内緒にしてたから。
カナに対しても、心を傷つけゴミのように追い払った。
あいつは相当、ショックだっただろう。
二度と俺の前に現れることはないかもしれない。
目に見える光景は何も変わらないが、俺の世界は明らかに変わってしまった。
大切なものが損なわれ、失われ、既に取り返しのつかない状況なのだ。
あいつによって、ねじ曲げられた世界。
もう、今となっては、何もかも遅すぎる。
俺が、本物の俺であることを証明しない限り。
仮にそれを成し遂げたとしても、完全にもとの日常に戻る事なんて、できるのだろうか。
自宅のマンションを見上げながら、俺はぼんやりと、そんなことを考えていた。
監禁されていたのは、三鷹商店街の裏通りにある、今は廃墟と化した雑居ビルの一室だった。
ゆるキャラにロープを解いてもらい、外へ出ると既に陽は落ちかかっていた。
まるで自分の気持ちを映し出しているかのような、どんよりとしたモノクロの空が暗い闇へと沈み込まれて行く中、自然と足が向いたのはマイホーム。
駐輪場に、ハヤブサの姿はなかった。
おそらく、『バイク買い取り宇宙ナンバーワン、超高価買い取り、即日ニコニコ現金払いのバイクキング』とやらが、持って行ったのだろう。
部屋には美咲がいるのだろうか。
どの面さげて、帰れば良いのだろう。
『あれは俺じゃない。ISAという国際的ストーカー組織に所属する、俺そっくりに整形した奴が、美咲を欺いていたんだ』
そんな、端から見ればどうしたって荒唐無稽な話を、素直に信じてもらえるだろうか。
あんな酷い別れ方をした直後に。
浮気の言い訳ランキングというものがあるとすれば、おそらく最下位レベルだ。
まずは、どうやって俺という人間を証明するか。
美咲に会う前にそれを考えるのが先だが、果てしなきロング・アンド・ワインディングロードが目の前に広がっているのを感じ、目の前がくらくらした。
『おじさん、不審者?』
声が聞こえた気がして、思わず振り向く。
『なんで自分ち見上げたまま、ぼーっと突っ立ってるのさ?」』
溶けかけのチョコバーを持って、壁にもたれてこちらを睨む、夏制服姿のカナがいる。
「カナ……」
思わず、声に出してから気づく。
いや。
それは、幻影だ。
カナの姿は、まるで陽炎のように、ゆらゆらと壁の中へと消えて行く。
初めて出会った頃に感じた、夏の焼けたアスファルトの匂いを、かすかに鼻孔の奥に残しながら。
俺は、もう一度マンションを見上げてから、その場を後にした。
取り敢えず向った先は、いつもの喫茶店。
他に行くあてなんてない。
からんころんと鐘を鳴らしながら入ると、いつも陣取る窓側の席に目をやる。
そこに、カナの姿はない。
いないだろうと思いつつ、少しだけ期待してたせいか落胆している自分がいる。
昭和のマスターにホットコーヒーを頼むと、ぼんやりと外を眺めた。
あの時。
カナが病室から飛び出して行くのを見届けて、あいつはベッドからすっくと起き上がった。
案の定、どこも怪我なんかしてやしない。
頭の包帯を外しながら、カメラに向けて最後にこう言い放った。
『さて、これで君への復讐も終わりだ。全てを失った気持ちはどうだい? 絶望の底にいることを心から願うよ。最後のプレゼントとして殺し屋を送っておくから、届くまでの少しの間、せいぜいもがき苦しんでくれ。じゃあね』
その目は、笑っていなかった。
あいつは、『復讐』と言っていた。
なぜ、そう言ったのだろう。
一方的に美咲をストーキングしていた奴に、復讐される覚えは無い。こっちの方が被害者だ。
しかし、あいつは、ずっと『復讐』の機会を狙っていたのだ。
そして今日、ついにそれをやってのけた。
いったい何に対する復讐だったのか。
全てのカギは、そこにあるような気がする。
「おい、兄ちゃん」
耳障りなダミ声が聞こえた。
振り返ると、例の、かあっ爺さんが、こっちを睨んでいる。
声を聞くのは、初めての事で驚いた。
店の置物じゃなかったのか。
「昨日、巨人は負けたのか?」
あんたが手に持っているスポーツ新聞はなんなんだよ。
「とっくに、野球シーズン終わってますけど」
「けっ! どおりで、野球の記事がないはずだわい」
爺さんは、開いていたスポーツ新聞をくしゃくしゃにしながら乱雑に折り畳む。
「ところで、いつも一緒にいる、例の女学生はどうした?」
女学生って、言い方が古いな。
「さあ。わかりません」
「あの子は、なんだ、兄ちゃんのコレか?」
小指を上げる爺さん。
「いやいや、違いますよ。ただの……」
言おうとして、的確な表現がないことに気づいた。
知り合い、と言うには微妙だ。
友人、とも違う。
勿論、彼女、であるはずもない。
どれでもないが、あいつの正体を知っている、唯一のパートナーである事は間違いない。
そうか。
まずは、カナだ。
カナを探そう。
そのためには……。
「ありがとう、爺さん!」
ぽかんとした表情の爺さんに礼を言って、俺は喫茶店を飛び出した。
◇
辺りはすっかり夜の闇に包まれていて、閑静な住宅街の街路灯から放たれるぽつぽつとした灯りが路面をぼんやりと照らしている。
その見覚えのある光景にデジャブのような感覚を感じつつ、俺は一軒の住宅の2階を見上げた。
カナの友人、あずさの部屋だ。
電気は消えている。ダイニングで夕飯を食べているのだろうか。
以前、カナと一緒にここでユータを張り込んでいた事を思い出す。
あずさには、あれから会っていない。
イケメン、ユータとその後どうなったのかも知らない。
とりあえず、ここまで来たが。
どうやって、あずさに会おう。
家には家族がいるだろうし、夜中にいきなりベルを鳴らして出て来たお母さんに、お宅の娘さんのあずささん(女子高生)に用事があるのです、と話しかけるのはさすがに気が引ける。
しかし、スマホを盗られてカナの電話番号がわからず、住所も知らない状況では、あずさを頼るほかないのだ。
この街灯の下で、あずさが部屋に戻り窓のカーテンを開ける機会をひたすら待つか。
いやいや、それではあの時のユータと同じストーカーみたいだ。
考え悩んでいると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「あれ? 葉山さんじゃないっスか?」
振り返ると、ユータと、ふわりとしたレイヤーカットの髪を茶色に染めた、少し派手目の女の子が立っていた。
いずれもくだけた制服姿。手を繋いで、いかにも仲睦まじそうだ。
ん?
この小柄な娘は、もしや、あずさか?
「お久しぶりです。こんなところで何してるんですか?」
はきはきとした口調。
以前の地味で大人しい面影は全くない。眼鏡はコンタクトとなり、目元ぱっちりの化粧。
全身から、かつては皆無だった色気を醸し出している。
女って、短期間でここまで変貌するものなのか。
まるでサナギから蝶への変態だ。
俺が驚きのあまり言葉に詰まっていると、あずさが色っぽい目をぱちぱちさせる。
「まさか、あずさのストーカー……」
「いや、違う、違う」
俺はあわてて頭(かぶり)を振った。
「実はカナを探している。例のあいつに嵌められて、スマホも何も持ってないんだ。カナに連絡を取ってもらえないか?」
「例のあいつって、以前、オレを拘束したあいつですか?」
ユータが怯えたように言う。
「いや、待てよ」
ユータは急に顔を強ばらせ、あずさの腕を掴んで二三歩後ろに下がった。
「あずさ、こいつはあいつかもしれん。顔が同じだから見分けがつかないんだ」
「えっ、こいつがあいつなの?」
やれやれ。
こいつがあいつ、って何なんだよ。
「もし本物の葉山さんなら、本物である事を証明してください」
あずさを後ろに庇うようにして、俺を睨みつけるユータ。
こいつ、こんな男らしいキャラだっけ。
ちゃんとした恋人ができると、人って変わるもんだな。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺が俺である証明か。
ここにいる人間しか、知らない事って……。
頭をフル回転させて、脳のニューロンの先っぽにある微かな記憶をたぐり寄せる。
「……『それいけ! アン○ンマン』だ」
ふたりが顔を見合わせる。
「カナのスマホの着メロ。これは本物の俺しか知らない事だろ?」
言ったとたんに、ユータがほっとしたように相好を崩した。
「葉山さんー、良かった本物の葉山さんだ」
ああ、こんなことでしか、自分を証明できないのか。
いや、そうか。
あいつが知らない情報でしか、今や自己証明の方法はないのだ。
「で、何があったんスか?」
俺はこれまでの出来事を、手短に説明した。
あいつが俺と入れ替わって、美咲に別れを告げたこと。
カナの心を傷つけて、追い払ったこと。
最後には、殺されそうになったこと。
「……マジっスか」
「今や、あいつは完全に俺に化けている。どうやら周到に計画を立てていたらしい。完全にあいつの思い通りになってしまった」
「でも、ひとつだけ誤算がありますよ」
黙って話を聞いていたあずさが口を挟んだ。
「あいつは、葉山さんが生きていることを、まだ知らないと思います」
そうか。
ゆるキャラが仕事放棄して俺を逃がした事に、おそらくあいつはまだ気づいてないだろう。
そこに、付け入る隙があるかもしれない。
あずさはスマホを取り出し、電話をかける。
が、やがてスマホを耳に当てたまま首を横に振った。
「カナのスマホ、電源が切れてるみたいです」
どこにいるんだろうか。
まさか、落ち込んで人知れず旅に出たとか。
ちくりと心が痛む。
「そうか。じゃあ、病室にいたあいつは偽物だ、とメッセージを入れておいてくれるか? 俺が会いたがっているって」
「わかりました。葉山さんは、どこにいるって伝えれば良いですか?」
この近所に住んでいて、寝床を貸してくれそうな友人は、何人かいるが。
スマホがないと電話番号がわからないので、連絡が取れない。
それに、周到なあいつが友人達に良からぬ事を吹き込んでいることも、想定しておく必要がある。
そうすると、結局あそこしかない。
「いつもの渋い喫茶店だ。そこを待ち合せ場所にしてくれ。それから……」
こんなこと、女子高生にお願いするのは、本当に情けない。
「……すまないが、いくらかお金を貸してくれないか」
◇
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■現在のアイテム
女子高生から借りた¥5000
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今の俺はまるで、魔物蠢く異世界に放り出された、Lv.0、チート無しの勇者……?である。
あいつは、俺が生きている事に気づいたら、容赦なく殺し屋を送り込んでくるだろう。
なんとかしなくちゃいけない。
あずさとユータに別れを告げると、俺はその足で駅前のネットカフェへと向った。
ここは暇な時に、何度か利用した事があるのだ。
フロントには馴染みの店員がいたので、会員カードがなくても入れてくれたのは幸運だった。
薄暗く狭いボックス席に入ると、PCの電源を入れてブラウザを立ち上げた。
あいつを探す方法が、ひとつだけある。
『スマホを探す』機能だ。
あいつは俺のスマホを持っているはずだ。ネットでスマホを探せば、今いる場所がわかる。
前に、カナに教えてもらったのだ。
パスワードを入力すると、地図が表示された。
スマホの場所は、六本木ヒルズを示している。
あいつは、ここで何をしているのだろう。
そもそも、素性がさっぱりわからない。
ISA(国際ストーカー協会)に所属していること以外は。
「国際ストーカー協会」と入力して検索してみたが、どのページもヒットしなかった。
うーむ。
とりあえず、六本木ヒルズに行ってみるか。
巨大な施設だから、見つけ出すのは難しいかもしれないが、ここで手をこまねいていても仕方が無い。
椅子から立ち上がろうとして、地図上のスマホの位置が道路沿いに移動し始めた事に気がついた。
麻布十番を抜け、赤羽橋交差点で南に向きを変える。
どうやら、あいつは車で移動しているらしい。しかも結構なスピードだ。
品川駅の近くで停止すると、そこから動かなくなった。
やっかいだな。
コーヒーをすすりながら、地図を眺め続ける。
車で移動しているとなると、捕まえるのは難しい。
ハヤブサと奴の位置が追えるスマホがあれば、なんとかなりそうだが、今の俺には何もない。
しかし、あいつがあちこち場所を移動する理由は何なんだろう。
全く想像もつかない。
30分ほどして、再び地図上のスマホアイコンが動き出した。
五反田、中目黒を抜け、世田谷方面へと移動していく。
駒沢オリンピック公園の脇を通って、成城学園前駅の近くで停止すると、突然「オフライン」と表示された。
オフラインとは、つまり、スマホの電源がそこで切れたと言うとこだ。
電池が切れたのか、あいつが自分で切ったのかはわからないが。
自分で切ったとすれば、なぜ。
気づかれたのだろうか。
PCの時計を見ると、20時過ぎだった。
急に、どっと睡魔が襲ってくる。
俺は、PC画面をぼんやり眺めながら、汗臭いリクライニングチェアの背もたれに体を沈み込ませた。
朝から監禁され、精神的に追い込まれ、しまいには殺されかけて。
本当に酷い一日だった……。
そのまま、意識が次第に深い暗闇へと落ちていった。
◇
はっと、目を覚ました。
かなり、ぐっすりと寝てしまっていた。
ふと、起動したままのPCの画面に目をやると、スマホは再びオンラインになっており、ある場所を指し示していた。
新宿歌舞伎町にある、「国際アンバサダーホテル」。
時計に目を移すと、10時5分。
うーむ。
あいつはなぜ、昨晩スマホの電源を切り、また今朝になって電源を入れたのだろうか。
俺が生きている事に気がついたのであれば、切ったままにしておくはずだ。
スマホの現在位置が追えることくらい、あいつも知ってるだろう。
そうすると、夜のあいだ電源を切らなきゃならなかった、別の「理由」があるのかもしれない。
良く寝たせいか、頭は昨日よりすっきりとしている。
とりあえず、国際アンバサダーホテルへ行ってみよう。行動を起こさなきゃ、何も始まらない。
ネットカフェを出ると、空は雲ひとつなくすっきりと晴れ渡っていた。
いきなり眩しい太陽の光を浴びたので、頭がくらくらする。
一瞬、家に帰りたい衝動に囚われた。
このまま、マンションに帰ると。
美咲がスクランブルエッグを作って、微笑みを携えながら俺を待っていて。
いやいや。
そんなのは幻想だ。
今は、全てにけりを付けなければ駄目なのだ。
中央線に乗り、新宿へと向かった。
三鷹から新宿までは20分程だ。あいつが再び移動する前に、間に合えばいいのだが。
通勤混雑帯の時間を過ぎた電車は、空いていた。
向かいの席に、『遅刻しますが、何か?』的なオーラを纏った茶髪の女子高生が、座ってスマホをいじっている。
カナの事を思い出した。
あいつは、どこへ行ってしまったんだろう。
ネットカフェを出る前に、電話を借りてあずさから聞いた電話番号でカナのスマホにかけてみたが、相変わらず圏外だった。
今どきの女子高生が、半日以上もスマホの電源を切っているなんて、考えにくい。
カナが今どきの女子高生と言えるのかどうかは、置いとくとして。
新宿駅で下りて、歌舞伎町の外れにある国際アンバサダーホテルへと向かう。
そのインターナショナルな名称とは裏腹に、実体は古ぼけた3階建ての小さいホテルだった。
建物に入ると、とたんにカビ臭いにおいに包まれた。
こじんまりとしたロビーに置かれている表皮がすり切れたソファも、煤けた壁に掛けられている、すっかり色あせてしまったアルプスの山岳風景の絵画も、何もかもがくたびれている。
まるで、全ての調度品が一斉に、疲れ切ったため息を吐いているようだ。
そしてフロントに、でんと座るおばさん。
ちりちりパーマの髪型で化粧が濃く、人生これまで一日5食欠かした事はありません的な感じの三重顎。
入って来た俺を、蔑むような目でじろりと睨みつけた。
「すみません、さっきここに人が来ませんでしたか?」
「人ならしょっちゅう来ますけど? ここはホテルですから」
その割には、スターウォーズに出て来る巨デブの怪物ジャバ・ザ・ハット似のおばさん以外、人気が無い。
「ええと、じゃあ」
俺は自分の顔を指差した。
「こんな顔の人です。俺と同じ顔をした人が来ませんでしたか?」
おばさんが顔をしかめると、顎の線がひとつ増えて四重顎になった。
「何をおっしゃってるのか、わかりません」
そりゃそうだ、と自分でも理不尽に思う。
「さっきまで、ロビーのソファにカップルの方が座られてましたけど。場所がら、あまり顔は見ないようにしてるので」
場所がらって。
ここは、あっち系のホテルなのか。
「それは、どのくらい前ですか?」
「だから、さっきです」
埒(らち)が明かない、ってのはこういうことなんだな。
ここにいたのがあいつだとすると、一緒にいた女は誰なんだろう。
まさか、美咲じゃないとは思うが。あんなにキッパリと別れを告げたんだから。
俺は四重顎おばさんに軽く会釈をして、ホテルを出た。
間に合わなかったか……。
さて、これからどうしよう。
「葉山さん!」
いきなり後ろから甲高い声を掛けられ、俺はその場で飛び上がった。
振り返ると、ガリガリにやせ細った、緑色のワンピース姿の女が立っていた。
髪はボサボサのショートで、顔は……。
うーん、なんだろう。
絶対本人には言えないが、強いて言えばかまきりに似ている。
名前を呼ばれたが、見た事もない女だ。
「わたし、間違ってました!」
女は、両手を前で合わせながら、まるで祈るような体勢で俺に近づいて来る。
その顔は、今にも泣き出しそうだ。
「ななな、なんですか?」
たじろいで二三歩後ずさった俺に、女はぐいと目と鼻の先まで顔を接近させた。
「さっきは、葉山さんのせっかくの提案を断ってしまってごめんなさい! 私、やっぱり、やります!」
歯を食いしばって、何らかの決意表明をする女。
何の事やら、さっぱりわからない。
「あのー、どちら様、でしたっけ?」
「そんな、とぼけないでください! 私を見捨てないで!」
女は目やら鼻から、たちまち大量の液体を噴出しながら、がっくりと膝をつく。
そして俺のジャケットの裾を握りしめつつ、からだ全体を小刻みに震わし嗚咽を漏らした。
前方から歩いて来たインド系の男が俺たちの様子を見て、『おいおい、やっちまったな』とでも言いたげに肩をすくめて通り過ぎて行く。
いや、勘違いだって。
いきなりのことに、ただただ困惑していたが、はたと気がついた。
この女は、俺をあいつだと勘違いしている。
さっき、あいつがホテルで会っていたのは、この女に違いない。
「言われた通り、ちゃんと整形もします! ストーキングも毎日やります! 私にはあの人しか居ないんです!」
ははあ。
これは、あいつの手口だ。
整形させて、ストーキング相手の彼女か奥さんとすり替える。
俺に成り済まし、ISAの活動員としてストーカー候補者たちと面接してたのか。
あちこち移動していたのは、それが理由だ。
俺は、あいつのフリをすることにした。
「……わかりました。考えておきましょう」
「本当ですか!」
女は顔を上げて、まるで聖者の許しを得た罪人のような、安堵に満ちた表情で俺を見つめる。
「ストーカーは大変ですよ。時には自分や人の人生をめちゃくちゃにする。それでもいいんですね」
「勿論です! あのひとの心を掴むためには、私、なんだってやります!」
それは、まさに獲物を狙わんとする、かまきりの眼光。
「かまきり……いや、はりきりすぎないよう、ほどほどに頑張ってください」
「今、かまきりって言いました?」
しまったな。
「それはそうと。あなたの事で思い悩んでいたら、行く場所を忘れてしまいました。私、さっきあなたに、どこへ行くか言いましたっけ?」
女はしばし空を睨むと、思い出したのか激しく首を縦に振った。
「渋谷です! 渋谷ロイヤルワールドホテルで、次の面接があるって言ってました!」
◇
渋谷ロイヤルワールドホテルは、明治通りのにぎやかな繁華街から少し外れた場所にある、意外にも近代的で洒落た建物だった。
広いロビーにはカフェが併設されており、多くの人で溢れかえっている。
渋谷駅から走ってここまで来たので、冬だというのに汗だくだ。
息も荒いまま、なかなか落ち着かない。
まるで自分の体じゃないように、動きが鈍く感じてどこか違和感がある。
昨日の酷い精神的疲労が、今頃になってどっと溢れ出て来たのかもしれない。
俺はジャケットを脱ぎながら、カフェにいる客の顔を見渡す。
だが、あいつの姿は見当たらない。
トレーを持って通りがかった、カフェの若い女性店員に声を掛けた。
「あの、人を捜しているんですが」
「はい、どちら様でしょう?」
笑顔を携え、はきはきと明るい声で返事をする店員。
先ほどの四重顎おばさんとは対応が違いすぎて、まるで異世界に来たようだ。
「ええと、葉山浩介と言って、」
やむを得ず、自分の顔を指差す。
「こんな顔をしてます」
店員が、不思議そうな表情で頭を傾げる。
「……双子の弟なんです。だから顔も同じなんです」
「ああ、そうでしたか。少々、お待ち頂けますか?」
店員はカウンターへ行き、俺の方をちらちら見ながら他の店員と何やら話している。
咄嗟に口から出た嘘だが、まずかったかな。
どうも俺は、いろんなところで不審者扱いされる体質のようだし。
暫くして店員が戻って来た。
「お客様、その方ですが、つい5分程前までいらっしゃったのですが」
また、入れ違いか……。
「女性のお連れ様とご同席でしたが、電話がかかってきて、お一人で慌ただしく出て行かれたようです」
「何か言ってましたか?」
「ええ。大声で電話で話されていたので、うちの店員の耳に入ってしまったのですが、『それは俺じゃない!』とか興奮されていたようで」
「それは俺じゃない、って言ってたのですか?」
誰かが、あいつを見間違えたということか。
おそらく、見た目がそっくりな俺を、あいつと勘違いした。
それが誰かと言えば。
さっきの、かまきり女しか考えられない。
あの女があいつに電話をしたのだ。
まずいな。
俺が生きていて、あいつを追っている事に気づかれた可能性がある。
「このホテルに、駐車場はありますか?」
「ええ、地下がお客様向け駐車場となっております」
まだ、間に合うかもしれない。
お礼もそこそこに、エレベーター脇にある階段で地下まで駆け下りた。
青白い蛍光灯の光に照らされた駐車場には十数台の車が停まっていたが、人の気配はなく辺りはしんとした冷気に包まれている。
俺は乱れた呼吸を整えながら、耳を澄ました。
どこからか、ピピッという、リモートキーの解錠音が聞こえる。
こちらからは見えないが、奥側のブロックだ。
音がした方へと、車の間を縫いながら急いで向う。
目に入ったのは、赤いオープンのミニクーパー。
そしてドアを開け、まさに車に乗り込もうとする、あいつの姿。
やっと、見つけた。
ほんの数メートル先に、探し続けたあいつがいる。
「おい!」
俺の姿に気づいたあいつは、驚きの表情を浮かべた。
「まさか、本当に生きていたとはね」
ドアを開けたまま俺のほうへ向き直ると、顔をしかめる。
手に持ったスマホに、ちらりと目をやった。
「なるほど、このスマホを追ってきたのか」
いきなりスマホを振り上げると、そのまま床に叩きつけた。
ガラスが砕け散る音が、コンクリート壁の駐車場内に反響する。
「なぜ、こんなことをする」
「なぜって、君になるためさ。そう何度も言っただろう」
鋭い目はそのままに、口元にだけ薄笑いを浮かべる、あいつ。
「復讐ってどういう意味だ。おまえにそんなことされる覚えはない」
「君に覚えはなくても、俺にはちゃんとした理由があるんだよ」
「どういうことだ」
「説明する気はないね」
あいつは、にべもなく言い放つ。
「とにかく、君に生きてもらってちゃ困るんだ。せっかく時間をかけて組み上げたパズルがバラバラになってしまう。頼むから死んでくれないかな?」
「ふざけるな。俺の人生を無茶苦茶にしやがって。元に戻せ! 美咲にちゃんと説明しろ!」
「わかってないなあ」
あいつはそう言いながら、人差し指を左右に振った。
「君の人生はとっくに終わっているんだよ。今や完全に、俺とすり替わったのさ。まだ気づいてないようだけれども、いずれ、その本当の意味がわかる時が来る」
「本当の意味だと?」
「それを知った時、君はどうするのかな?」
そう言うと、するりと体をミニクーパーに滑り込ませた。
「おい! 待て!」
駆け寄る寸前に閉まるドア。
エンジンが掛かり、ミニクーパーは急発進した。
追いかけようとするが、なぜか思うように足が動かない。
ミニクーパーは、タイヤの激しいスキール音を響かせながら、あっと言う間に駐車場から消え去っていった。
やはり体が重くて、どうにも言う事をきかない。
体力にはそこそこ自信があったはずなのに、少し歩いただけでも息切れする。
何かが、おかしい。
俺は重い足取りで、三鷹の喫茶店へと戻って来た。
やっぱり、カナの姿はない。
喫茶店にいるのは、いつもの如く、マスターと『かあっ』爺さんだけだ。
いつもの窓側の席に腰を下ろすと、俺はぐったりと背もたれに体を預けた。
あいつを取り逃して、ふたたびスタート地点に戻ってしまった。
床に叩き付けられたスマホは壊れていて、使い物にならない。
この先、あいつを追いかける唯一の手段も、今や無くなってしまった。
もう、俺は死んだも同然だな。
これからどうすれば良いかも、なにもかもがわからない。
まるで、側溝から下水道に落ちてしまったカルガモのような絶望感。
闇の中から、網目のフタ越しに遠い空を見上げている。
陰鬱な気分で、窓の外をぼんやり眺める。
この季節ともなれば陽は短い。既に、空が赤く染まり始めていた。
ん、あれはなんだ?
通りを、何かがゆっくりとこちらに向ってくるのが見える。
ブルーとシルバー、ツートンカラーの車体。
あれは、ハヤブサだ。
誰も乗っていないハヤブサが、亀が歩くような速度で動いている!?
幻覚か。
まさか、そんな馬鹿げたことが……。
俺はあわてて喫茶店を飛び出した。
目を凝らして見ると、ハヤブサは自走しているのでなく、ちっちゃい何者かがハンドルにぶら下がるような体勢で必死に押していた。
ハヤブサの影に隠れて見えなかったのだ。
それは、カナだった。
制服姿のカナが、滴り落ちる汗を拭おうともせず、歯を食いしばりながら、ひたすらハヤブサを前に進めていた。
「カナ!」
思わず大声を上げていた。
カナは俺の姿に気づくと、にこっと笑った。
「よっ!」
駆け寄って、カナの代わりにハヤブサを支える。
カナはその場に、力が尽きたように、ぺたんと座り込んだ。
「ハヤブサ、取り戻して来たよ」
「取り戻したって、どこから持って来たんだ」
「横浜のバイクオークション施設。バイク買い取りなんたらに電話して聞いたら、そこにあるって言うから、行って勝手に持ってきちゃった」
「はあっ!? 横浜からここまで押してきたのか!?」
「だって、私、ハヤブサの動かし方わからんし」
横浜からここまで、距離にして50キロメートルはある。
250キロの車体を50キロメートルも押して歩くなんて、どんなマッチョでもできることではない。
「ハヤブサはオジサンの宝物じゃん」
「だからって、おまえ……」
カナの姿が涙でにじむ。
「途中でスマホの電池が切れちゃって、連絡できなかったのだ。それで、オジサンにひとつ頼みがあるんだけど」
「なんだ。なんでも言え」
「死ぬほど腹減った。なんか食わせてくれ」
◇
テーブルの上に積み上げられた皿の数々。
カナは、ナポリタンとカレーライスとハンバーグ定食とパフェ5杯をあっという間に平らげた。
「ハヤブサさえあれば、あいつを追いかけられるね」
おなかをぽんぽんと叩きながら、満足げに言うカナ。
カギが無かったとは、今は言えないな。
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■現在のアイテム
女子高生から借りたお金の残額 ¥2530
壊れたスマホ
動かないハヤブサ
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いや、アイテムなんてこの際、どうだっていい。
カナがここにいるだけで充分だ。
「なんで、病室にいたあいつが、俺のニセモノだと気づいた?」
「簡単だよ」
カナはマスターにパフェの追加を頼むと、身を乗り出す。
「ひとつ。オジサンが最大の武器であるハヤブサを手放すはずがないこと。もうひとつは、アマテラス猫のお守り。あいつはそれを見て、『なんだ、これは』って言ってた。見た事もないって感じでね。それで確信したのさ。この人はオジサンじゃなくて、あいつ、だってことをね」
なるほど、さすがカナだ。
あいつの正体を見抜いていたのか。
「俺に化けたあいつは、美咲と別れやがった。これまで何の為にストーキングしていたのか、意味がわからん」
「ほうほう」
カナ様は腕を組んで天井を見上げる。
「あいつは、本当に美咲さんのストーカーだったのかな?」
「え? どういうことだ」
「実は、オジサンのストーカーだったんじゃない?」
なんだって? そんなバカな。
あいつは美咲に執拗にメールを送り、後をつけていた。マンションの別の部屋に、うちとそっくりのコピールームを作り上げ、俺と入れ替わって美咲と暮らそうとまでした。
それほどにまで、美咲に執着しているのだとばかり思っていたが。
「すっかり、思い違いしてたんだよ」
「何の為に、俺をストーキングするんだ。あいつはBLか」
「それは、まだわからないけど。でも、そうじゃないと美咲さんと別れた説明がつかない」
あいつは、これは復讐だと言っていた。
ストーカーは見せかけで、俺に復讐するために美咲に近づいたということなのか。
しかし、何に対する復讐なのか、さっぱりわからない。
「いずれにしても、あいつの正体を暴かないことには、どうにもならん。なんとか捕まえる方法はないものか」
「昨日の夜、あいつが持っていたスマホの電源が切れたって言ってたよね」
「ああ、朝になったら、ふたたび電源が入っていた」
「夜の間、電源を切る必要があった、って事じゃない?」
「ほうほう」
つい、カナの口癖がうつってしまった。
電源を切るのは、どんな理由があるだろう。
「スマホの存在を、知られたくない誰かがそばにいたのかもね」
「確かに、そうかも知れんな」
「電源がどこで切れたか、覚えてる?」
頭の中に、地図のイメージが広がった。
成城学園駅の近く。
金持ちばかりが住む、世田谷の高級住宅街だ。
「行ってみようよ。今日はちょいとばかり疲れて食欲もないから、明日にでも」
カナはそう言うと、マスターがテーブルに置いたばかりのパフェを瞬時に食べ尽くした。
◇
翌日。
カナとふたりで電車を乗り継ぎ、成城学園前駅へと辿り着いた。
豪邸が建ち並ぶ閑静な住宅街。
すっきりと晴れ渡った柔らかな陽の光が照らし出すその場所は、明らかにそこらの住宅街とは異なる、金持ちのオーラが漂っている。
「このあたりだと思う、スマホの電源が切れたのは」
俺はカナのスマホで地図アプリを見ながら、周囲を見渡した。
「なんか、いけすかない場所だねえ」
「社長やら芸能人やらが住むところだ」
「芸能人に会えるの?」
「おまえ、興味あるのか?」
「いいや、家にテレビがないからわからん」
いったい、カナはどんな生活を送っているのだろうか。
「前から聞こうと思ってたんだが、おまえの家は、その、普通じゃないのか」
「普通、って何さ」
「いや、家族構成とか、お父さんは何をしてるとか、言ってみろ」
「オジサンは刑事か」
「おまえ、自分のこと、一切話そうとしないだろうが」
「ほうほう。ワタシに興味があるのかね?」
「付き合い長けりゃ、知りたくもなるだろ」
「パパは、国のお偉いさんだよ。離婚しちゃって別のとこに住んでるけど」
ええっ!?
俺は思わず声を上げた。
「そして、ママは凄腕の殺し屋なのだ」
「……おまえ、冗談はよせ」
「冗談だと思うなら、そう思ってれば?」
カナは本気とも冗談とも判別が付かない素の表情で、俺を見上げる。
「複雑な家庭環境なのさ」
「……わかった、今はそれ以上、聞かないでおく」
もし、その話が本当なら、カナに近づく不審な男はどうなるのだろう。
例えば、俺みたいなやつ?
パパの闇の権力で、この世から抹殺されるか。
ママの手にかかって、この世から抹殺されるか。
いやいや、考えたくもない。
「旦那様! お疲れさまです!」
突然、後ろからドスの効いた声が響き渡った。
驚いて振り返ると、目付きが異常に悪いスキンヘッドの若い男が立っている。
高級住宅街にまるでマッチしない、昇り龍の柄が入ったスカジャン姿で、少しまくり上げた袖口からは入れ墨がうかがえる。
どう見たって明らかに、そっち系の人だ。
「今日は帰りがお早いですね」
男はそう言って、瓦屋根が立派な数寄屋門の扉を開け、さあ、どうぞとばかりに腰を低くする。
屋敷を取り囲む漆黒のコンクリート塀は高く、ここからは中の様子を伺う事はできないが、雰囲気がわかりやすくもそっち系のお宅だ。
この男は、俺をあいつと勘違いしている。
そして、ここはどうやら、あいつの本拠地らしい。
「どうするよ、カナ」
「行こうよ。あいつも出掛けてるみたいだしさ。『郷に行っては郷に従え』だよ」
「相変わらず、言葉の使い方が間違ってるぞ。少しは勉強しろ」
「おおきなお世話じゃ」
意を決して門をくぐると、そこには見事に和の空間を創作した広大な庭が広がっていた。
松の木のたもとに完璧なまでに美しく配置された庭石、池に泳ぐ大きな錦鯉。
まさに枯山水の世界。
庭の向こう側には、古い平屋の日本家屋が静謐(せいひつ)な趣きを以て佇み、ぴかぴかに磨かれた縁側の床に、やわらかな陽の光が淡く輝いている。
その古風で風情のある雰囲気が、逆に不気味さを感じさせる。
「あいつじゃないことがバレたら、ここから二度と出れないかもしれん」
「拷問されるだろうね。まるでこの世の地獄のような残酷非道なやつ。その後で、生きたまま砂の粒になるまで粉々にされて、土に埋められるであろう」
「縁起でもない事を言うな」
俺は緊張で足が震えているが、カナはけろっとしている。
勢いであいつの家に潜入したのはいいが、全くのノープランだ。
まさか、そっち系の家だとは思ってもみてなかったし、何が待ち受けているかも想像がつかない。
「カナ、ひとまず出直すか」
「ここまで来て、何おじけついてるのさ」
「いやいや、一度、作戦を立て直す必要があるって」
「作戦てなによ」
「だから、それを考えなきゃ、どうすればいいかもわからないだろ」
「オジサン、こういう時は勢いでいかなきゃ。『当たって砕けろ』って言うじゃん」
「ホントに砕けてどうする」
小声でカナと揉めていると、縁側の引き戸が開く音がした。
艶やかな紫色の着物を着た、背が高くすらりとした女が顔を出し、不審そうな顔でこちらを見やる。
歳の頃は、50歳くらいだろうか。黒髪を後ろできっちりと結び、かつてはモデルだったかのような、目鼻立ちのくっきりとした美形。
だが、きりりとした自己主張の強い眉と、見るもの全てを切り裂くような鋭い眼光が、明らかにただ者ではないことを表していた。
「アンタ、そこで何してるんだい?」
凄みのあるハスキーボイスだ。
この女は、何者か。
あいつの母親、にしてはまだ若いような気がする。
「なに黙ってんだい。その娘は誰?」
なんて答えればいいか迷っていると、女は突っ掛けに足を通し庭へと下りて来た。
そして、まっすぐ俺を見つめると、眉をひそませる。
「……違うね。おまえ、何者だ?」
◇
20畳はある、広々とした和室。
壁の一角には神棚、床の間の大きな掛け軸には「忠孝仁義」の文字。
天然木の一枚板であつらえられた大きな座卓を前に、並んで正座する俺とカナ。
その向かい側には、ぴしりと背筋を伸ばしたあの女が、瞬きもせずに真っすぐ俺を睨み続けている。
「……すみません」
状況的に、とりあえず謝る以外の言葉が見つからない。
「何が、すみませんなんだい」
「いえ、なんか押しかけて、ご迷惑をお掛けしてしまったようで」
「ここへ来た理由はわかっている」
女はそう言うと、漸く視線を外して湯のみに手を伸ばした。
「おまえの事は記憶にある。おおかたアイツが何かやらかしたんだろ」
俺を知っているって、どういうことだ。
この女も、あいつの仲間なのだろうか。
「私の旦那だよ、アイツは」
驚きの声を上げたい衝動を、寸でのところで抑えた。
あいつが結婚してた?
しかも、かなり歳の離れた年上女房?
「婿入りさ。とんでもない穀潰し(ごくつぶし)野郎だ」
「じゃあ、あいつ、いや旦那さんがしてることもご存知なんですね?」
「いいや、何も知らん。うちの商売は、見ればだいたい想像がつくだろ。アイツは商売に関わらずに、金だけは使って好き勝手になんかやっている」
「ストーカー商売をやってます。そのせいで、俺は生活をめちゃくちゃにされた」
「だから、どうした」
女は湯のみを卓上に置くと、ふたたび俺を氷のような視線で睨みつける。
「知った事じゃない。アイツが何しようが、私は関知しない」
「そんな、あなたの旦那さんの事ですよ!」
「ああそうだ、どんなロクデナシだろうが、私の夫には違いない。関知はしないが、火の粉が飛んで来たら振り払わなきゃならん。本業に影響が出ないようにな。どうやらあんたがたは、その手のたぐいらしい」
部屋にピンとした空気が張りつめる。
「あのさ、オバサン」
その空気を切り裂くのは、カナのすっとんきょうな声。
女の方眉がぴくりと吊り上がる。
「なんか、茶菓子とかない?」
「おまえ、今はやめろ。空気を読め」
「だって腹へって、限界じゃ」
「帰ったら何か食わせてやるから、黙ってろ」
女がわざとらしく咳払いをした。
「おまえら、ここから生きて帰れると思ってるのか」
ああ。
嫌な予感が現実となった。
考えろ、俺。さもないと、本当に土に埋められてしまう。
「……旦那さんが、何されても関知しない、っておっしゃいましたね」
「それが、どうした」
「本当に、何をしても自由なんですか?」
「どうしようもないやつでも、アイツは身内だ。私を裏切るようなことをしなけりゃ、どうでもいい。まあ、アイツにそんな度胸など、あるはずもないが」
「俺の恋人とディープキスをするのは、裏切り行為じゃないんですか?」
表情を変えぬまま、女の顔がみるみる赤らんでいく。
「そんな嘘に、引っかかると思ってるのか」
「そんな嘘をつく為に、わざわざこんなところまで来ません!」
女は突然、思いっきり両手を卓上へと振り下ろした。
バタン、と大きな音がして湯のみがひっくり返り、飲み口からゆるやかに流れ出た液体が、天板を四方に彷徨い始める。
無感情を装った女から、何かが溢れ出した瞬間だった。
「証拠はあるのか!」
「ありませんが、あいつは俺に化けて、見せつけるように俺の恋人とキスをしました。そうして、俺の人生を踏みにじった。だから、あいつを追っているんです。本来の自分を取り戻す為に」
女は大きく息を吐くと、小首を傾げて俺を見つめる。
「……こうして見ると、本当にそっくりだ」
しばらくそのまま長い長い沈黙が辺りを包み、時間が止まったかのような錯覚を覚え始めた頃、漸く女が口を開いた。
「証拠を持ってこい。1日だけ待ってやる」
気づくと、頭から水を掛けられたかのように、全身がぐっしょりと汗で濡れていた。
◇
「意外と、たいしたことなかったね」
屋敷を出て、葉の無い桜並木に囲まれた路地を駅へと向う道すがら、カナが能天気に呟く。
「は? 相当ヤバかっただろうが」
「無事に帰れたじゃん」
「少しばかり寿命が延びただけだ。1日以内にあいつが美咲とキスした証拠を持ってかないと、俺たちは消されちまうんだぞ」
「オンナの嫉妬って恐ろしいね」
「おまえも女だろうが」
「そうさ。オジサンには分からんだろうが、私だって嫉妬することもあるんだよ」
ん?
カナの口から、こんな言葉が出て来るとは。
驚いてカナを見やると、憂いを含んだ目で俺をじっと見つめている。
「……オジサン」
「な、なんだ」
「頼む。もう我慢ができん」
そう言って指さした先には、住宅街の中に佇む洒落たベーカリーの軒先に並べられたフランスパン。
やれやれ。
ため息をつきながら小銭を出そうとポケットを探ると、突然スマホが鳴り出した。
不審に思いながら取り出してみると、粉々に砕けたガラスのディスプレイには、着信中の文字がうっすらと表示されている。
壊れてなかったのか。
通話ボタンを押して耳に当てると、怒気を孕んだあいつの声が飛び込んで来た。
『……ヤッてくれたジャないか……』
ノイズが酷く、音量も不安定で良く聞き取れない。
「なに? 何のことだ?」
『……まサか、そう来るトハ想定……なカッタよ。……俺は終わリダ。……アノ女……怒らセタラ、死……』
「おいっ、聞こえないぞ! もしもし!」
『……こうナッタら……しテヤる。……後悔しテモ遅い……』
「なんだって? もう一度ちゃんと話せ!」
だが、ノイズの音は次第に大きくなり、やがて通話は途絶えた。
スマホを見ると電源が切れている。電源ボタンを何度押しても、それから二度とオンになることはなかった。
「ろうした?」
いつの間にか、細長いフランスパンを口に咥えたカナが、きょとんとした目で俺を見ている。
「どうしたも、こうしたもない。あいつからだ。どうやら、あいつのかみさんに会った事が知れたようだ」
あいつのウィークポイントは、裏稼業の親分である、かみさんだった。
かみさんに内緒で、入れ替わりストーカー商売に手を染めると同時に、自らもストーカーになっていった。
今回の俺との周到な入れ替わり計画も、秘密裏に進めていたんだろう。
俺と入れ替わったことを、かみさんに知られたくないから、家に帰るとスマホの電源を切った。
万が一、美咲から電話がかかってきたりして、あの勘が鋭く嫉妬深いかみさんにバレるのを恐れていた。
だから、夜はスマホがオフラインだったのだ。
だが、俺がかみさんに暴露したせいで、あいつの立場は一変した。
「まずいぞ、カナ。かみさんにバレた事を知ったあいつが、何をしでかすかわからん」
カナはフランスパンが喉につかえたのか、目を白黒させている。
「よく聞き取れなかったが、何かを『してやる』って言っていた。後悔しても遅いと」
「また殺し屋を送ってくるとか?」
ごほごほと咳をしながら、苦しそうに答えるカナ。
「いいや、おそらくもっと酷いことだ。あいつは俺を恨んでいる。俺に最もダメージを与えるのは何かと言えば……」
思わずカナと顔を見合わせた。
「美咲だ!」
「美咲さん!!」
小田急線を終点の新宿で降りて、JR中央線に乗り換える。
夕方の帰宅ラッシュには少し早い時間で、電車の中は空いていた。
俺はカナと並んで座席に座り、両足の激しい貧乏揺すりを抑えられずにいる。
三鷹まであと15分、そこからマンションまで5分。
間に合うだろうか。
「なあ、オジサン」
「なんだ」
「どうも、気になる事があるんだけどさ」
「なにが気になるんだ」
「……いや、やっぱり気のせいかもしれん」
「いいから、言ってみろ。こっちが気になるだろうが」
カナは観察するかのように、じっと俺の顔を見つめた。
「……なんとなく、なんとなくなんだけど、オジサンの雰囲気がいつもと違う気がする」
「違うって、どこらへんが」
「それは、わからん。だけど、なんか違和感があるっていうか」
「なんだ、そのアバウトな分析は。あいつに人生を乗っ取られてからこの3日間。ずっと追いかけ続けて、風呂にも入ってない。もう少し体力ある方だと自分でも思ってたんだが、疲労もピークだ。だから、いつもと違って見えるのは当たり前だろうが」
「そりゃそうだけどさ」
カナは、なんとなく釈然としない様子で、持っていたスマホに目を落とす。
「あっ。殺し屋派遣ネットショップに、あいつから依頼が入ったみたいだよ」
「そんなことが、わかるのか?」
「うん、殺し屋登録していれば、いつ誰が依頼したのかわかるのだ」
「ターゲットはもしや、美咲じゃないだろうな」
「いいや、オジサン」
またか。また、狙われるのか。
まあ、ターゲットが美咲じゃなくて本当に良かったが。
「派遣される殺し屋は誰だ?」
「えーっとね。『ニセ医者』だね」
「あの、最も殺し屋に向いていない奴か……相手にならんな」
おそらく、殺し屋を差し向けたのは、あいつの時間稼ぎだろう。
あいつも今、美咲の元へと向っているはずだ。
一刻も早く、マンションに行かなければならない。『ニセ医者』なんか、相手にしている暇はないのだ。
「とにかく『ニセ医者』を見掛けたら、有無を言わさず倒すからな。あいつの、まだるっこい話し方に付き合っている場合じゃない」
電車が三鷹駅に着くやいなや、ホームを全速力で走り抜け、階段を二段飛びで駆け上がった。
だが、そこで力が尽きた。
両手を膝について、ぜいぜいと肩で息をする。
「どうした、オジサン。なに、休んでるのさ」
「ちょっと、待ってくれ……息が切れた……」
「たった、これくらいで? もう、オジサンじゃなくて、ジーサンだね」
「なんとでも言え」
「ほら、早く」
駆け出したカナの後を追って、力を振り絞るように走った。
改札を抜け、南口の階段を下りてロータリーに出る。
そこで、カナの姿を見失った。
立ち止まって辺りを見渡すが、人ごみに紛れてしまいどこにも見当たらない。
まったく、あいつは体力だけはモンスター級だ。
まあ、仕方ない。とにかくマンションへ急ごう。
そう思って再び走り出そうとした時、ふいに何者かに、背後から羽交い締めにされた。
「なっ!」
声を上げようとして、赤いゴムボールが口にねじ込まれる。
もうひとりの男が現れ、俺の両足を抱え上げた。なぜか救急隊員の服装だ。
二人で俺の体を抱きかかえるように持ち上げて、近くに置いてあったストレッチャーに乗せ、腕と足をベルトで固定した。
あっと言う間の出来事だった。
救急隊員の男達は終止無言のまま、手際よく瞬時に俺を拘束したのだ。
ストレッチャーに乗せられたまま、ガラガラという音とともに何処かへと運ばれて行く。
体は全く動かす事ができない。声も発せられない。
そして、ストレッチャーが停まると同時に、男達が持ち上げて、そのまま車の中へと押し込まれた。
バタンと、車のバックドアが閉まる音がする。
首を動かして周りを見渡した。
白い室内灯に照らされた車内に窓はなく、なにやら医療用の機械が並んでいる。きついアルコール臭もする。
そう、ここは、救急車の中だ。
そして、頭上からひょっこり視界に入って来たのは、ボサボサの髪、ぎょろりと大きな目をした怪しい男。
あの、『ニセ医者』だった。
「や、や、や、やあ!」
心から楽しそうに、満面の笑みを浮かべている。
しまった。
殺し屋がニセ医者だと聞いて、完全に油断していた。
こんな手を使うとは。
力を振り絞って体を左右に捻り、ベルトを外そうと試みたが、きつく固定されていてびくともしない。
「あ、あ、あ、あ、あばれても、む、む、むだむだむだですよお!」
ニセ医者は右手に持った巨大な注射器を掲げると、プランジャを軽く押した。
針の先から、ぴゅっと液体が飛び出す。
「こ、こ、こ、これが何だかわかりますか? 塩化カリ、カリカリカリウムと言って、ワンショットの注入で、や、や、や、約1000mEq/Lのカリウムが心臓に送られ、し、し、し、しししし心停止に至るのでございます!」
ニセ医者は俺に顔を近づけ、注射針をゆっくりと首元に当てる。
やばい。
これは、かなりのピンチだ。
この窮地から逃れるには……。
あの手しかない。
俺は、とっさに口の中のゴムボールを吐き飛ばした。
ぱこんという音とともに、ゴムボールは眼前に接近していたニセ医者の額に当たり、奴はおおげさに後ろに仰け反りかえる。
「ひいい!」
「何をやってんだ!」
わざと大声で怒鳴りつけた。
今の俺にできること。それは、あいつに成り済ます事だ。
「俺は、葉山浩介を殺せと命じたはずだ。とり違えるとは、どこまで間抜けなんだ! バカ者め!」
「えええ? あなたは依頼主さま? だって、か、か、か、顔がおんなじなんだもの」
「いいから早くこのベルトを外せ。あいつはまだそこらにいるハズだ。とっとと捕まえろ!」
「す、す、す、すみませんでした!」
ニセ医者は、あわてて震える手でベルトを外しにかかる。
腕、足と、ようやく解放された俺は、むっくりと上半身を起こした。
目の前に、媚びるように無理矢理笑みを浮かべたニセ医者の顔がある。
「こ、こ、こ、今度こそは必ず……」
有無を言わず、やつの額に思いっきり頭突きを食らわせた。
ニセ医者は、白目を剥いて声もなく、その場にばたんと崩れ落ちる。
「いたた……」
自分も激しい頭痛に、両手で頭を抱えた。
慣れない事は、するもんじゃない。
突然、救急車のバックドアが開いて、外の光が車内に差し込んだ。
姿を見せたのは、カナ。路上には、先ほどのニセ救急隊員たちが転がっている。
「こんなところで、なにしてるのさ!」
「なにって、おまえ……それより、なぜここにいるとわかった?」
「救急車のそばで救急隊員がのんびりタバコ吸ってりゃ、誰だっておかしいと思うわさ」
こいつらは、やっぱりどこか抜けている。
「ぼうっとしてないで、早く行こうよ!」
◇
マンションの前に、赤いオープンのミニクーパーが停まっていた。
あいつの車だ。
だが、あいつの姿は見当たらない。
「カナ、あいつは恐らく部屋にいる」
「美咲さんを、どうするつもりだろう」
最悪の光景が頭に浮かぶ。
血に濡れたナイフを握りしめたまま、呆然と立ち尽くすあいつの姿。
床に倒れた美咲は、血溜まりの中でぴくりとも動かない。
その周りで、にゃーにゃーと鳴き叫ぶ猫たち。
「美咲!」
エレベーターは5階で止まっている。
降りて来るのを、待っている余裕はない。
迷わず非常階段を駆け上がった。
息を切らしながら5階の外廊下に出ると、下の方から大きな声が聞こえた。
「なに? どういうことか説明して!」
それは美咲の声だ。
あわてて手すりから見下ろすと、エレベーターから降りて路上に出た、美咲とあいつの姿が見えた。
あいつは美咲の腕を掴み、車の方へと無理矢理引っ張っている。
「だから、全ては俺にそっくりなストーカーが仕組んだことだったんだよ!」
「コースケ、何を言っているのかさっぱりわからない」
「詳しくは後でちゃんと説明するから! 兎に角、あいつが来る前に逃げよう!」
助手席のドアを開けて、美咲を強引に押し込む。
「おい、待て!」
思わず大声で叫んでいた。
こちらを見上げて、動きが止まる二人の姿。
美咲が悲鳴をあげた。
「コ、コースケが二人いる!?」
「あれがストーカーの正体だ! わかっただろ! ここにいたら殺される!!」
あいつは俺の方を指差すと、ドアをジャンプして運転席に滑りこんだ。
まずい、このまま美咲を連れ去られてしまう。
俺とカナは再び上って来たばかりの階段を駆け下りた。
美咲と一緒に逃げるストーカーを追いかける、ストーカー呼ばわりされてる俺。
頭の中がパニックで、もう何がなんだか訳がわからない。
ようやく1階に辿り着いて視界に入ったのは、猛烈な勢いで走り去って行くミニクーパー。
「オジサン、ハヤブサで追いかけよう!」
「カギがない。いや部屋に戻れば、合カギがあるが……」
そんな余裕はない。
辺りを見渡すと、エンジンを掛けたまま停まっている新聞屋のカブがある。
持ち主は、配達中なのか姿がない。
俺は迷わず、シートに跨がった。
カナも、新聞が積み上げられた荷台に飛び乗る。
「しっかり捕まってろ!」
スロットルを捻り、全開でミニクーパーの後を追いかける。
だが所詮は、原付50cc。1300ccのハヤブサと比べるまでもない。
ビーンという甲高いエンジン音の割に、ゆっくりと景色が流れて行く。
これで、追いつけるのか。
だが角を曲がると、ミニクーパーは前方に停止していた。
その前の横断歩道では、そろいの黄色い帽子を被った大勢の幼稚園児が、はしゃぎながらてくてくと道路を横切っている。
カブを車の横に着けると、あいつに向って叫んだ。
「おい! 停めろ!」
あいつは肩をすくめて答える。
「停まってるだろ?」
俺を見て、美咲が悲鳴を上げる。
「きゃあああああ!」
なんだ、このシチュエーション。
俺は、いったいどうすればいいんだ。
幼稚園児の列が途切れ、堰を切ったように飛び出して行くミニクーパー。
あわててハンドルを握り直し、後を追いかける。
「なあ、カナ」
「どうした」
「俺はどうやって、本当の俺だと証明すればいいんだ?」
「オジサンは、オジサンだよ」
「答えになってない」
「自分を信じるのさ。これまでやってきたこと、全てをしっかりその手に握りしめれば、人生なんとかなるもんさ!」
「そうだな……そうしてみるぜ!」
俺はアクセルを握る手に、ぐっと力を込めた。
入り組んだ狭い路地。右へ左へと小回りを効かせながら逃げるミニクーパーを必死に追いかける。
大通りに出られたら終わりだ。
カブのパワーじゃ、絶対に追いつけっこない。
「オジサン!」
カナが叫ぶ。
「もう少しだけ接近して!」
「どうするんだ」
「いいから、もっと近づいて!」
カナは荷台の上に立ち上がり、俺の肩に手を掛けた。
俺はタイトコーナーを後輪を滑らせながら曲がると、身を屈めて一気にスロットル全開にする。
ほんの一瞬、数メートルまで距離が縮まった。
ふっと、後ろが軽くなる。
見上げると、猫のように大きく跳躍したカナの姿が空に浮かんでいる。
それは、まるで時が止まったように。
次の瞬間、カナはミニクーパーの後部座席にすとんと着地した。
そして後ろから腕を回して、あいつの首を締め上げる。
あいつは思わずハンドルから手を離し、カナの腕を振り解こうと、苦しそうにもがいた。
操縦を失ったミニクーパーは、ふらふらと彷徨いながら何度か左右の塀に車体をぶつけ。
やがて前方の住宅地の隙間にぽっかりと空いた畑へと突っ込み、激しく土煙を上げながら漸く停止した。
「美咲! カナ!」
カブを乗り捨てると、急いで車へと向う。
開いたエアバッグの上に、ぐったりと突っ伏せる美咲とあいつ。そして、後部座席にちょこんと座って目をくりくりさせているカナ。
「大丈夫か!」
ピースサインを出すカナを横目に、美咲に駆け寄る。
「う、ううん……」
苦しそうな息をつきながら、美咲が頭を起こす。
そして、俺の顔に気づくや否や、ひゃっと悲鳴を上げて跳ね起きて、あいつにすがりついた。
「車から離れろ!」
いつの間にか目を覚ましたあいつが、強い口調で俺に怒鳴る。
あまりの剣幕に押され、俺は思わず後ずさった。
美咲とあいつが、よろけながら車を降り、俺たち3人はそれぞれ距離を取ってお互いを見合った。
美咲は泣きそうな表情で、俺とあいつを交互に見比べている。
「……どっちが、どっちが本物のコースケなの……」
「美咲、騙されちゃだめだ。追いかけて来たのはあいつだ。あいつが整形したストーカーなんだよ! 追いつめられて美咲を殺しに来たんだ!」
あいつは俺を指差し、唾を飛ばしながら叫び続ける。
「ほらっ。前にストーカーされてたこと、あっただろ? しつこくメールを送り続けて、江ノ島にまで追って来た。それが、あいつ、あいつなんだ!」
「なんで、その事知ってるの? 話した覚えがないのに」
「……それは、なんだ。その、美咲のスマホを見ちゃったんだよ! なにかいろいろ悩んでいるようだったから心配で。本当にごめん! だけど俺の言っている事は本当だろ。間違いないだろ!」
「間違いないけど……ストーカーなら知ってることだし……」
「じゃ、じゃあ、そうだ。そこにいる女子高生。あいつはカナって言う殺し屋なんだ。あいつと組んで俺たちを狙っていた。だからこうやって、危うく殺されそうになったじゃないか! これが何よりの証拠なんだよ!」
俺は黙って、あいつが叫び続ける声を、ただ聞いていた。
美咲が振り返って、俺に声を掛ける。
「……あなたは? あなたは何も話す事はないの? あなたが私のストーカーなの?」
何かを口に出さなきゃならないのは、わかっている。
だけど、何も言葉が浮かんで来ない。
まるで記憶が遠い空の彼方へと飛んで行ってしまったかように、何ひとつ出て来やしない。
俺は今更ながらに気がついた。
美咲との記憶。そう、数多の思い出を失ってしまっている。
おそらく、あのエレベーター事故の衝撃で。
ずっと感じていた体の違和感は、このせいだったのか。
「そうなのね。あなたが、ストーカーだったのね」
美咲は俺を険しい目で見つめながら、ゆっくりあいつの方へと後ずさって行った。
その時だった。
ブチの野良猫が歩いて来ると、鳴き声を上げながら、あいつのコーデュロイパンツに体を擦り寄せた。
あいつは猫を抱え上げると、にこやかに笑いながら顔を擦り寄せる。
「ほらっ。美咲が猫好きなのも知ってるよ。家には5匹の猫がいる。この猫も連れて帰ろう!」
言い終わらないうちに、あいつは立て続けに大きなクシャミをした。
「そうだった。俺、猫アレルギーだった。ははっ」
抱いていた猫を美咲に手渡すあいつ。
美咲は猫を抱きしめたまま、何やらじっと考え込んでいた。
そして踵を返すと今度は俺に近寄り、猫を差し出す。
俺はそのまま猫を抱き受ける。
クシャミは出なかった。
「……確かにうちには猫がいる。私が好きなせいで、猫アレルギーのコースケには本当に辛い思いをさせてしまった」
美咲はあいつに振り返ると、そう言った。
「でも、コースケも頑張ってくれたの。病院に通って、抗アレルギー薬を飲み続ける事で、猫アレルギーを克服した。だから、クシャミはもう出ない」
「は?」
あいつは、困惑したような作り笑顔を顔に貼り付けたまま、その場に固まった。
「美咲……」
ふと、頭の中にイメージが湧きあがる。
波打ち際で、俺を見つめる美咲の夕陽に染まった顔。
自然と、口から言葉が溢れ出た。
「あの日、七里ケ浜で美咲が俺に言った言葉を覚えてるか?」
俺は猫をそっと下ろすと、真っすぐ美咲に向き直った。
それは記憶からではなく、心から出た言葉。
「『最後じゃないよ、これからだよ』……そう言ったんだ」
美咲は目を潤ませて、俺の顔をじっと見つめた。
そして、俺に向かってこう呼びかける。
「コースケ……あなたなのね」
突然、背後から図太いハスキーボイスが轟いた。
「はい、そこまで!」
振り返ると、いつからそこにいたのか、あの着物姿の女がしゃんと背筋を伸ばして立っていた。
その声を合図として、道路脇に停められた黒塗りのメルセデスから、目付きの悪いスーツの男衆がわらわらと姿を現す。
女はあいつを刺すような視線で睨むと、こう言った。
「あんたの負けだね。男なら潔く観念しな」
男衆が無言で走り寄り、あいつの腕をがっしりと押さえて連れて行く。
その様子を横目で見やりながら、女は俺の方へとゆっくりと歩み寄った。
「アイツが迷惑かけたね」
「どうして、ここがわかったんですか?」
「ふん、私だってアイツに全て好き勝手させてるわけじゃないさ。車に発信器くらい付けてある」
女は俺の顔をじっと見つめると、いきなり深々と頭を下げた。
「今回のことは、全て私のせいだ。このとおり謝る」
「ど、どういうことですか?」
「何年か前に、街なかであんたと美咲さんが歩いているところを見掛けたんだよ。二人とも幸せそうで、あんたはとってもいい表情をしていた。それ見て、なぜかとても腹立たしくなっちまってね、ついアイツに言っちまったんだ。あの男と同じ顔に整形しろって。本当はあんたたちが、羨ましかったんだろうねえ」
あいつは無理矢理、偶然街で見掛けた見も知らぬ他人の顔に整形させられた……。
そう、俺の顔に……。
そうか。
そういうことだったのか。
だから俺を心底憎み、執拗にストーキングを行い、最後は『復讐』へと至ったのだ。
「……でも、この後、美咲を連れてどうするつもりだったんでしょう」
「さあね。帰ってから吐かせるけど、おそらく美咲さんと新しい人生をやり直そうとしたんじゃないかしら。こんなババアから逃げ出して、過去の自分を捨ててることでね」
あいつはずっと、これまで女の言うがままに耐え忍んで来たのだろう。
だから、俺と入れ替わることで、そこから逃げ出そうとしたのかもしれない。
「これっきりだ。アイツがあんたたちの前に現れることは二度とないさ」
女は最後にそう言うと踵を返し、メルセデスへと戻って行った。
ウインドウ越しに、拘束されたあいつの顔が見える。
だがその顔は、なぜか笑っているようにも見えた。
エンジンがかかり、メルセデスはゆっくりと視界から消え去って行く。
あたりは、ほっとしたような静けさに包まれた。
柔らかな夕陽が、この空間を淡い紫色へと染めてゆく。
「コースケ、ごめんなさい」
美咲が目に涙を浮かべながら、俺に体を預けてくる。
「疑ってしまって……」
「いいや、こっちこそごめん。しっかり守ってやれなくて」
美咲をしっかり抱きしめた。
その柔らかい感触に、心がぐっと締め付けられる。
同時に、失われていた美咲との記憶が、波のように押し寄せ、俺の体内へと吸い込まれていくのを感じる。
あれから、あまりにも長い時が経ったように感じた。
やっと、やっとのことで、美咲と自分の人生をこの手に取り戻したのだ。
今度こそ俺は一生をかけて、美咲を守り、愛し続ける。
そう決意すると、俺も自然と目から涙が溢れ出した。
「美咲……心から愛してる」
ありきたりかもしれないが、唯一無二の言葉。
「私も……愛してるよ、コースケ」
お互いに涙混じりの目で、しっかりと見つめ合う。
……そして。
美咲の肩越しに、ミニクーパーのドアを開けて降りて来た、カナの姿が目に映る。
決まり悪そうに、おずおずとこちらに近寄ってくる。
それはそれは、どうにも居心地が悪そうに。
カナなりに、気を遣っているみたいだが。
だけど俺は、胸を張ってこう言うのだ。
「美咲、紹介するよ。こいつはカナ。俺の親友であり、最高のパートナーなんだ」
「コースケ、新しいバスタオル、そこへ置いておいたからね」
キッチンから、美咲の明るい声が聞こえる。
「ああ、ありがとう」
生返事をしながら、俺は洗面台の鏡に映った自分の顔を覗き込んだ。
全ては終わり、大団円を迎えた。
そう、思っていた。
だが、こうやって自分の顔を改めて見ると、なぜか胸騒ぎがしてならない。
いや、鏡に映った顔は確かに俺であり、それは当たり前のことなのだが。
しかし。
なんなんだろう、この胸に渦巻く違和感は。
何か、大事なことを見逃しているような気がしてならない。
シャワーを浴びようとシャツのボタンを外しながら、ふと、手が止まる。
渋谷のホテル地下駐車場で、あいつが言っていた台詞が頭の中にこだました。
『君の人生はもう終わっているんだよ。今や完全に、僕の人生とすり替わったのさ。まだ気づいてないようだけれども、いずれ、その本当の意味がわかる時が来る』
本当の意味って何だったんだ?
わからない。
何故、今になってそんなことを思い出したのかも。
いや、俺は疲れてるんだ。
あいつの呪縛からようやく逃れたばかりで、まだ心の整理ができていないのかもしれない。
大きくため息をついて心を落ち着かせ、ふたたびボタンに手を掛けようとした時、着信音が鳴り出した。
洗面台の棚に置いた、さっき携帯ショップで受け取って来たばかりの新しいスマホからだ。
手に持って見ると、非通知のテレビ電話。
なぜか、出るな、という心の声が聞こえる。
電話に出たら最後、全てが取り返しがつかなくなるような、そんな漠然とした恐怖感に襲われる。
だが。
俺は無意識に着信ボタンを押していた。
画面に、男の顔が映し出される。
酷く殴られたのか、顔は腫れ上がって、あちこち血がこびり付いている。
周囲は真っ暗で、スマホのライトだけが唯一の光源だ。
車に乗って路面の悪い場所を移動しているのか、しばしば画面が大きく揺れ動く。
その男は、あいつだった。
『やあ。繋がって良かったよ』
「おまえと話す事は、もう何もない」
『まあ、そう言うなよ。今、トラックの荷室に詰め込まれ、どこかへと連れていかれる最中だ。終着点はおそらく人知れぬ深い山の中かな? そこで埋められちまうんだろう。どうせ死ぬんだから、哀れな男の最後の世間話に付き合ってくれてもいいじゃないか』
その顔を見ていると、俺自身が自分に話しかけてきているような、奇妙な感覚に囚われる。
「なぜスマホを持っているんだ。捕まったとき、取り上げられなかったのか?」
『靴下の内側に一台隠してたのさ。いずれ、こうなることは予想していたし。そんなことよりもさ』
あいつは興奮した様子で、身を乗り出す。
『……気がついたかい?』
「何がだ」
『なんだよー、まだ気がつかないのかよ。こんな大事なことだってのに、あんた意外と鈍感なんだな』
「だから、何のことだ」
『服を脱いでみろよ。そうすりゃ一発で理解する』
ニヤニヤ笑いながら、それっきり黙りこくった。
電話を切ってしまいたいのに、それがなぜかできない。
あいつの言葉に引き寄せられるように、スマホを置いて、シャツのボタンを外していった。
3日ぶりに見る、鏡に映った自分の肉体……。
……驚きのあまり、心臓が止まりそうになった。
『どうだい、わかったかい?』
スマホから聞こえるあいつの声。
『正直に告白しよう。俺は実は35歳なんだ。整形して無理矢理若く見せてるけど、体の全てを改造するのは無理がある。当然、10歳も歳の離れたあんたと比べようもない』
鏡に映ったこの体は、俺のじゃない。
あいつの体?
混乱の余りよろけて、棚に置いてあった美咲の化粧品を払い落としてしまった。
大きな音に気づいたのか、美咲の声がする。
「コースケ、どうしたの? 大丈夫?」
「……だ、大丈夫だから! 気にしないで!」
こんな姿、美咲に見せられるはずもない。
スマホを掴み、改めてあいつの顔と対峙する。
いや、それは、あいつではなく、俺自身の顔なのか。
『全く想定外だったんだよ。まさか、あのエレベーター事故の衝撃で、体まで入れ替わってしまうとはさ。そんなありえないこと、想像つくかい?』
そんな、バカな。
だが、すべて合点がいく。
あの事故からずっと続いていた体の違和感、そして、明らかに自分ではないこの肉体。
はっと気がついた。
あいつが猫を抱き上げたときクシャミをして、俺はしなかった。
確かに抗アレルギー薬は服用していたが、あの薬は毎日必ず飲まないと効果がないのだ。
俺は3日間も飲んでなかったのに、クシャミは出なかった。
なんてことだ。
あいつと体が入れ替わっている!
『いやあ、10歳も若返ると、体がこうも軽いなんて。やっぱり若いってのはいいねえ。さて、ここからが本題だ』
あいつの顔から笑みがふっと消え、素の表情となる。
『俺の体は君のところで生き続けるけど、君のこの体はやがて死を迎えようとしている。君はそのことを素直に受け入れられるだろうか』
スマホにメール着信のメッセージが表示された。
『今送ったのは、このスマホのIDとパスワードだ。君は位置情報を使って、俺が今いる場所を探し出すことができる。あと、どのくらいで目的地に着くかはわからないが、君のハヤブサなら追いつける可能性もなくはない』
俺は、何も言えなかった。
ただスマホに映る自分の顔を、食い入るように見つめるだけだ。
『悩んでいる時間は、あまり残されていない。さあ、どうする? 君の答えを楽しみにしてるよ』
ぶつっと音がして画面が暗くなり、通話完了の文字が表示された。
俺はスマホを床に落とすと、ふらふらと洗面台に寄りかかり、改めて鏡に映し出された「その顔」を見つめ続ける。
ここにいる俺は、本当に俺なのか。
いや、本当の俺って、いったい何なんだ。
「コースケ、本当に大丈夫なの?」
どこか遠くから、美咲の声が聞こえてきた。
ー 完 ー