理科室の前にたどり着いた。
もう、教室内の電気が付いている、ということは、優理君は先に入っているということ。
精一杯の笑顔を浮かべて、扉を開け中に入った。
「お待たせ! 早かったんだね」
優理君の私服姿を見るのも、これが最後だろう。
細身の黒いパンツに、薄手のダウンジャケット。
斜め掛けショルダーを身につけたまま、私の方へ向かって歩いてくる。
「綺羅、合格おめでとう」
「ありがとう。優理君も合格おめでとう」
電話では伝えていたけれど、ようやく顔を見て言えた。
「今日は、これを持ってきたんだ」
優理君はそう言って、バッグの中から紙コップを取り出した。
「はい、こっちを持って」
「え? これ……糸電話?」
「そう。懐かしいだろ」
「懐かしい……」
「まだ、思い出さないか」
「何を?」
時々、優理君が言うことは気になっていた。
だけど、私にはそれが何であるのか思い出せず、ずっと意味がわからないままだった。