そういえば、一花と松本君の姿が見えない。
きっと二人もここへ来ると思っていたのに。
「ねえ、一花と松本君はまだ来ていないの?」
私の問いに、優理君が一瞬目を逸らした。
「えっと、二人とも今日は用事があるんだって」
「そうなんだ……あ、私もそろそろおばあちゃんの病院へ行かなくちゃ」
理科室の時計はもう、四時半になるところだった。
バスを乗り継ぐので、今から学校を出たとしても病院へ着くのは六時近いだろう。
面会の時間は七時までだったから……と考えていたら、理科室に優理君の声が響いた。
「待って。これだけは伝えたかったんだ」
「え?」
目の前の優理君。直接両耳に響く声が、いつもより柔らかい。
「綺羅のお蔭で、俺は……」
私の頭の上に、彼の手がそっと乗せられた。そして。
「自分がここに居てもいいんだと、生きている価値があると思えた」
「どういう、こと……?」
「覚えてなくてもいい。ただ、綺羅はずっと、俺の心の支えになってくれていたんだ」