119番だってわかっているのに、指がふるえてうまく押せない。
落ち着こう、私。
一度深呼吸してから受話器を取り直し、もう一度ボダンを押す。
「119番です。火事ですか、救急ですか?」
「救急ですっ!」
問われるままに、住所、おばあちゃんの名前と年齢、様子、持病のことを答えた。
こうしている間にも、おばあちゃんが心配で心配でたまらない。
無我夢中で受け答えしていた気がする。だけど。
「そちらにはあなたの他に誰かいますか?」
そう問われてはじめて、心の奥で何かがぷつんと切れた。
「もしもし、大丈夫ですか? 答えられますか?」
受話器の向こうで、消防署の方が、心配そうに言葉をかけてくれたのがわかる。
「わ、私しか、いないんです……っく」
堪えていた感情が一気に押し寄せてくるのを感じた。
焦りと、不安と、恐怖と、悲しみと、痛み。
だけど、泣いている場合じゃない。私しかいないのだから。
必死に嗚咽を止めようと体全体に力を入れて、受話器を握りしめた。
