「………」

僕は恐る恐る、父親のサイフを両手で開けた。

財布の中身は数種類のカード類と、数十枚のお札が入っていた。

「美希さんに会うためには、最低でも一万五千円必要だ。最低でも……」

僕の気持ちは、揺らいでいた。

美希さんに会いたいという気持ちと、父親のお金を盗んではいけないという気持ち。

『君の父親のサイフからお金を盗むだけで、また私とお店で会えるんだよ。ためらう必要なんてどこにもないよ。だって、栗原さんの父親はいつも君にひどいことを言ってたんでしょ』

ここでまた、美希さんの幻聴が聞こえた。さっきよりもさらにきつく聞こえ、まるで美希さんが僕の耳元で囁いているようだ。

「お金があれば、美希さんと会えるんだからしかたないよね」

そう自分に言い聞かせながら、僕は父親のサイフからお金を盗んだ。

なにをしても表情を一切変えないお札が、僕の右手に握られている。

ーーーーーー盗んでしまった。

「………」

悪いことをしたという罪悪もあったが、これでまた店で美希さんと会えるうれしい気持ちの方が強かった。