「そ、そうだけど」

翼にそう答えた私の声は、歯切れ悪かった。

「どうして、京都でひとり暮らしをまだ続けるんだよ!もうお母さんは亡くなったけど、お母さんがどれだけ僕たちのために仕事をがんばってくれていたのかもわかっただろう。なのに、どうして姉ちゃんは、京都でまだひとり暮らしを続けるんだよ?姉ちゃんも、奈良に引っ越して僕たちと一緒に暮らしたらいいじゃん。その方が、天国にいるお母さんもきっとよろこぶよ」

翼は床張りの廊下から、私のいる和室に足を踏み入れて早口で訊いた。

「それは‥‥‥」

それを言われると、私は口を口をつぐむ。

京都に好きな優太がいるから、どうしても離れたくなかった。しかしそんなことを言えない私は、「勉強してせっかく受かった京都の大学を途中でやめたくないの」と、うそをついた。

ーーーーーーべつに、大学なんてどこでもよかった。好きな優太と一緒にいられたら。

「そう。姉ちゃん、勉強‥‥‥がんばったもんね」

とっさにうそをついた私の言葉を信じたのか、翼は開いた口から小さな声を出した。

翼にうそをついた罪悪感が、私の心を苦しめた。

「ごめんね、翼」

私は、悲しく笑って翼に謝った。

「いいさ、姉ちゃんの人生だから。僕が、無理やり決めるわけにはいかないから」

翼は首を左右に振って、笑顔でそう言った。

言葉ではそう言った翼だが、ほんとうは私と一緒に奈良県で暮らしたいのが伝わる。

「ありがとう、翼」

私は翼の頭の上にポンと右手を置いて、やさしく笑った。そして京都に帰る支度をし、大阪の実家を離れた。