「だってこうして、大阪までお見舞いに来てくれたでしょ。梢」

「えっ!」

目を細めて言う母親の言葉を聞いて、私は驚きの声を口から小さく漏らした。

「ど、どういうこと?お母さん」

私は、かすれた声で訊いた。

「ほんとうに捨てたという人は、わざわざ病院まで会いに来ないわよ」

「お母さん‥‥‥」

にっこりとやさしく笑う母親の姿を見て、私の涙腺が崩壊した。瞳に涙が一気にあふれ、頬に冷たいしずくが伝う。

「それに、親子。家族‥‥‥でしょ」

そう答えたとき蒸発した父親のことを思い出したのか、母親の瞳に哀しい色が浮かび上がった。

開いてる窓から白いレースのカーテン越しに夏の午後の日差しが差し込み、私の瞳に悲しく笑う母親の姿が映った。

母が〝家族〟と口にした中に、私たちを捨てた父の姿はこの病院にはなかった。

「お母さん‥‥‥」

私は、母親の手をやさしく包み込むようにして両手で握りしめた。

さっきよりも、母親の手が冷たく感じた。