「ごめんね。せっかく梢がお見舞いに来てくれたのに、がんが体をむしばんでベッドから起き上がることもできないの」

弱々しく口にした母親の瞳に、悲しい色が浮かび上がっていた。

「そんなの気にしないで、お母さん」

私は、小さく細い首を横に振った。

「京都での一人暮らしは、だいじょうぶ?梢」

母親は、心配そうな顔で私に訊ねた。

「だいじょうぶだよ、お母さん。住む場所も見つけたし、大切な友だちもできたから」

そう言って私は、口元をゆるめた。

私の脳裏に優太の姿が浮かび上がった。母親には言えないが、優太とは友だち以上の関係。つまり、私の大切な彼氏だ。

「そう、友だちもできたの」

そう言いながら、母親は安堵の表情を浮かべた。

「できたよ」

私は、うなずいた。

「なんか今日、梢の近況を知れてよかった。大阪の実家を飛び出してから、れんらくすらなかったから不安だったの」

母親は、目のふちに涙を溜めて弱々しい声で言った。

「お母さん………」

私の口から、ふるえた声が漏れた。

家を出て以降、母親に一度もれんらくしなかったことに罪悪感を覚え、私は座っていた丸イスから立ち上がって閉めていた窓を両手で開けた。せみの鳴き声がうるさく私の耳に聞こえ、住宅街が広がっていた。