瑛太にコーヒーを入れて藍里は席に戻り、パソコンを見つめて優しい顔をする。
「依頼人さんからメールきてた。すごく楽しかったって」
「それはよかった」
棒読みで瑛太は返事をした。
「リアルに包丁まで出してごめんなさいだって。今回のパラレルワールドを経験したおかげで、今の平凡な生活が幸せなんだなぁって思ったってさ、嬉しくて泣けるね!こんな言葉をもらえるから、私たち続けられるよね」
あとは金だろう。
けっこう稼いでるだろ、うちの会社。
瑛太はソファに座り直し、大きく伸びをしてからコーヒーを口にして昨夜の事を思い出す。
帰り際
玄関先で結衣は礼儀正しく、瑛太に謝礼金を渡してくれた。
『深夜料金をお支払いするとはいえ、こんな無茶苦茶な設定に付き合わせてしまい申し訳ありません』
『規定料金より多いです』
謝礼金を確認すると5000円ほど多かった。返金しようとすると『リアル感を出しすぎたので』と、恥ずかしそうに拒否されてしまった。
『またいつもの生活を繰り返しますが、犯罪者ではないので堂々と生活できます』
そんな結衣の言葉に瑛太は苦笑いをしながら自分のスマホを出し、目の前で結衣の携帯番号を消去した。彼女は少し寂しそうな顔で小さく『残念』とつぶやいた。
『ご利用ありがとうございました』
『こちらこそ、ありがとうございました』
『それから、いくらリアリティを出すにしても、見ず知らずの男を夜中に自分の部屋に入れるのは危険なので、もう二度としないように』
瑛太はきつく結衣にそう言った。依頼者と藍里に泣きつかれてこのようなラストを迎えたけれど、若い女性の部屋にひとり入るのは瑛太には抵抗があった。
今回は逆にこっちが危険だったけど。
『はい』
結衣は瑛太を見上げて笑顔を見せた。
そのスッキリとした表情を見て、瑛太はそれ以上何も言わずに彼女の部屋を出て行った。