「おつかれさまー」
歌うような上機嫌のソプラノの声が小さなオフィスに入り込んだので、ソファに沈み込んでいた瑛太はクッションを抱えてまた沈み込む。
「出すもの出してから寝てください」
芝居がかった言い方がまた憎らしい。
瑛太はモゾモゾとその体勢のままジーンズの尻ポケットから封筒を取り出し、社長に渡した。
「あざっす!」
ピンクとグレーのツートンのネイルが封筒を受け取り、社長は元気よく声を上げた。自称25歳、どこから見ても30後半の社長の藍里は80キロの体重を楽しそうに揺らしながら、窓際にある自分の席に着きパソコンを立ち上げる。今日はどんな依頼が入っているのだろう。今回のような高いけどメンタルに響く仕事は当分やりたくない。
「えーっ!モモちゃんと優斗君って別れたの?」
「誰それ?」
「人気YouTuberと人気声優さん」
「仕事しろ!」
瑛太に怒られながら藍里は受け取った封筒を丁寧に開き、現金を確認して嬉しそうな声を上げる。
「プラス5000円入ってるー」
「出刃包丁見せてリアル感を出させてもらったお礼だろ」
チクリと危険な仕事だったと嫌味を言ったつもりでも、藍里には通じてないようだ。
「なんていいお客さん。またお願いしたい」
「俺は絶対嫌!!」
「ご指名きちゃうよ。うちの会社の一番のイケメンさん」
藍里はにっこり笑って謝礼金を頬ずりする。その幸せそうな顔を見て瑛太は深いため息をついた。
今回の依頼はマジ怖かった。クッションの下に隠された出刃包丁を見つけた時は血の気が引いて、ここで本当に刺されんじゃない?って気持ちにしかならなかった。藍里に対して言いたいことは山ほどあるけど、高い給料で使われている立場として黙ってしまう。使われている……いや同等のはずなんだけど、とりあえず社長という肩書を身にまとっている藍里は何かにつけ強かった。