車内は十分に席が空いているのに、萌菜は座席に腰をかけず、乗り込んだ車両のドアにもたれかかるようにして立った。

鞄の中から出したイヤホンを耳に嵌めた萌菜が、少し俯く。長い髪が前へと垂れ、その隙間から萌菜の横顔が見えた。

鼻筋の高い萌菜の横顔は綺麗だ。けれどそれは、あたしがあの寒い雪の日に見た、哀しそうな横顔には重ならない。

萌菜から視線をそらして目を伏せたとき、発車を知らせるベルがホームに鳴り響いて、線路が軋むような音をたてた。萌菜を乗せた電車が、ゆっくりと発進してホームから去っていく。

あたしは鞄の中から英単語帳を取り出すと、その気配だけを耳で感じながら、無意味に羅列されているようにしか思えないアルファベットの群れに視線を落とした。