「唯一の恋」
彼がそうつぶやいたとき、一瞬だけ時が止まったような錯覚に襲われた。
橙色の夕陽に照らされた彼の顔を見つめるあたしの長い髪が、突然吹き荒れた冷たい秋の風に流されて揺れる。
それを合図に、また時が動き出す。
「似合わない」
口にかかった髪の毛の先を指で払いのけながら、彼から視線を逸らす。
そうしたら、彼が小さく鼻で笑った。
「だよな」
風に乗ってまた、銀木犀の上品な甘い香りがほんのり漂ってくる。
甘く切なくいつまでも優しく鼻孔をくすぐっていたその香りを、あたしは卒業して3年が過ぎた今でも鮮明に覚えている。