「嘘なんかじゃないですよ」
反論したけれど、そのとき通り抜けていった風が、あたしの声を掻き消した。
風の強さに目を細めていると、冴島先生があたしを振り返る。
「宮坂、今何か言ったか?」
「いえ、別に」
たいしたことじゃないから、聞こえてなかったらそれでいいんです。
高校を卒業したあと、あたしは後悔しないつもりであるひとつの選択をした。
だから、またこうして、冴島先生と一緒に歩くことができたらそれで充分。
木々が風に揺られて、辺りに初夏の新緑の匂いが立ち込める。
季節はまだ夏が始まったばかりのはずなのに、それに混ざって銀木犀の甘い香りが漂ってくるような気がした。