しかめ面で頷くと、冴島先生は楽しげにクッと笑って、あたしの肩を軽く叩いた。
「そっか、じゃぁ、あとひと息頑張れよ」
小さく頷くと、冴島先生はあたしに背を向けて軽い足取りで階段を下り始めた。
駆けるように階段を降りていく冴島先生の背中を眺めていると、彼が不意に立ち止まって振り返った。
少し長めの前髪の隙間から覗く切れ長の目が、無防備にあたしを見上げる。
その瞬間、ドクンとひとつ。心臓がとびきり大きな音をたてた。
慌てて左胸に手をあてたあたしに、冴島先生が手にした小箱を顔の高さまで持ち上げながら笑いかけてくる。
「言い忘れたけど、これサンキュ」
コクコクと、ロボットみたいな不自然な動きで何度も頷いてみせると、冴島先生はあたしに背を向けて残りの階段を下っていった。
冴島先生が立ち去ったあと、あたしはしばらく動くことができずにぼんやりとしていた。
そこにはもう誰もいないのに、あたしを振り返って見上げた冴島先生の姿が残像となって消えてくれない。
教育実習生としてうちの高校に来たときから、冴島先生の印象はよくなかった。
関わりたくないと思っていたし、顔を見るだけでイラついたし、嫌いだった。
それなのに、あたしを見上げた彼の表情を思い出すと、心の奥が揺さぶられる。
絶対に好意を持つことなんてないと思っていた彼のことが、今は少しも嫌いじゃない。