あれは、高校3年生の秋。
「あ、金木犀」
「あぁ、似てるけど違う。花の色が白いだろ。あれは銀木犀」
漂ってきた甘い香りに誘われて視線を動かしたあたしに、彼が言った。
「へぇ。花の名前とか知ってるなんて意外」
茶化すように横目で見ると、彼が黒い革靴のつま先に視線を落として、唇の端を少しばかり引き上げた。
「まぁ、この学校に植えられてる木で唯一区別がつくのはあれだけなんだけど」
小さな石ころが彼の靴のつま先に当たって転がる。
それをぼんやりと見つめながら、彼がまた口を開いた。
「意外ついでに。銀木犀の花言葉も教えてやろうか?」
「何?」
首を傾げると、転がった石ころを見つめていた彼が顔を上げてあたしを振り向いた。