「別に仲よくなんてないよ。受験近いから、ただそれだけ」
涼太は無表情であたしの顔をじっと見つめると、「ふぅん」と言って、足元に視線を落とした。
「そっか。じゃぁ、受験頑張って」
「頑張って」という割に、涼太の声にはあまり心がこもっていない気がした。視線を下に落としたまま、あたしに挨拶もせずに、昇降口から出て行ってしまう。
少し背中を丸めながら歩いていく涼太が、金にちかい茶色の髪をくしゃりと手の平でかき乱す。
待ってくれていた涼太の話を遮ってしまったあたしは、去って行く彼の背中を追いかけることもできず。随分と長い間その場でぼんやりと立ち尽くしてから、ようやく学校を出た。
校門に向かって歩いていると、弱い風があたしの元に甘い花の香りをふわりと運んできた。
足を止めて、甘い香りのする花を咲かせているはずの木を振り返る。
けれどあたしが振り返ったその先に、いつか見た小さな白い花は咲いていなかった。
確かに、上品なほのかな甘い香りが漂ってきたような気がしたのに。気のせいだったのだろうか……
あたしは首を傾げながら、教えてもらったその花の名前を思い出した。
銀木犀。花言葉は、「唯一の恋」
彼の呟く声が、鼓膜の奥に甦る。
あたしは、もう見えなくなってしまった金にちかい茶色の涼太の髪を思い出して、ほんの少し切なくなった。