花になんて。しかも銀木犀なんていう聞き覚えのない名前なんかに興味があるとは思えないのに。
冴島先生のことを茶化すように横目で見ると、彼が黒い革靴のつま先に視線を落として、唇の端を少しばかり引き上げた。
「まぁ、この学校に植えられてる木で唯一区別がつくのはあれだけなんだけど」
冴島先生が軽く足を前に動かすと、そこに落ちていた小さな石ころが彼の靴のつま先に当たって転がった。
それをぼんやりと見つめながら、彼がまた口を開く。
「意外ついでに。銀木犀の花言葉も教えてやろうか?」
「何?」
首を傾げると、転がった石ころを見つめていた冴島先生が顔を上げてあたしの方を振り向いた。
「唯一の恋────」
彼がそう呟いたとき、一瞬だけ時が止まるような錯覚に襲われた。
あたしは息をするのも忘れて、橙色の夕陽に照らされる冴島先生の横顔をじっと見つめていた。