「さぁ。俺にはもう、そういう人いないから」

苦笑いを浮かべながらそう言った彼の目は、絶望感に満ちていてひどく哀しそうだった。

どうしてだろう。だって、数時間前まではあんなに幸せそうな顔をしてベンチに座っていたのに……

あたしがじっと見上げると、彼が自嘲気味に笑って俯いた。

目を伏せたその顔はとても綺麗なのに、ひどく淋しそうで。地面に触れて溶けてしまう粉雪のように儚げで。胸の奥が締め付けられる想いがして苦しくなった。

「後悔しないんですか?」

名前も知らない、初めて会う他人なのに。しかもあたしの方が確実に年下なのに。

気付くとあたしは、彼のことを真っ直ぐに見据えてエラそうなことを言っていた。

少し視線を上げた彼が、真剣な目をしたあたしの顔を戸惑ったように見つめ返す。

「後悔、しないんですか?」

あたしを見つめ返す彼の目をじっと見据えながら、もう一度訊ねる。

すると彼はしばらく躊躇してから、手に持っていた小箱をコートのポケットに突っ込んだ。