立ち止まっているあたしのそばを、彼が静かに通り過ぎていく。

あたしはその様子を息を飲んで見つめていたけれど、彼のほうは、入り口で立ち止まっているあたしの存在になどまるで気付いていないみたいだった。

何も見えていないような、曇った瞳をした彼が、あたしから遠ざかっていく。

彼が歩き去ってからしばらくして、あたしはそこから動くことができるようになった。

自宅に向かって歩き出したあたしの足が、白いベンチの前を通り過ぎようとしと、止まる。

ベンチの上では、さっき立ち去った彼が置いていった小さな箱が淋しそうに街灯に照らされていた。

しばらくそれを見つめていると、ふと額に冷たいものが触れる。
 
手の平で額を撫でながら空を見上げると、分厚い灰色の雲から細かくて小さな雪が、はらはらと静かに舞い落ちてきた。

ゆっくりと落ちてきた雪が一粒、睫毛に触れて目を瞑る。

睫毛に触れた雪を指先で払っている間に、ふわりふわりとゆっくり落ちてきていたはずの雪の降りが少しずつ激しくなってきた。