背中合わせ

今から遡ること20年、浅雛聖と冷宝薙晶が8歳になったばかりのこと。



「聖ちゃん、何してるの?」


「薙晶ちゃん。これあげる。」



父親の働く工場の隅っこでしゃがみ込んでいた聖が、話し掛けた薙晶に差し出したもの。



「四葉のクローバーだ!くれるの?」



「うん!お花には花言葉があってね、四葉のクローバーは幸せなんだって。」


「ほんと?嬉しい。ありがとう!大切にするね。」



偶然見た本に載っていた花言葉。

意味を知った聖は、それを薙晶にあげたかった。


だから、雑草がたくさん生えている工場の周りを念入りに探していたのだ。



「どう?可愛いでしょ。」


「わぁ。可愛い。」



数日後、薙晶が聖に見せたのは、丁寧に押し花にされ栞になった四葉のクローバー。


薄いピンク色の台紙に赤い紐を付けた、なんとも可愛らしい栞。


貰ったあの日からこの四葉のクローバーは、薙晶の宝物となった。

「聖!ちょっとこっちに来なさい!」



薙晶が聖を呼ぶ。

大声で、威圧する様に。


工場で作業をしている従業員はまたか、という表情。

それでも皆、何も言わない。



「薙晶ちゃんはどうして、皆の前では悪い子になるの?」



薙晶は冷宝家のプリンセス。

何をしても許される我が儘お嬢様。

それが周りの印象。


でも聖には分からなかった。

薙晶は皆がいないところでは優しかったからだ。



「私は冷宝グループのお嬢様だから、皆とは違う特別な存在なの。そういう風にしなさいってお父様が。」


「でも薙晶ちゃん、私といる時そうじゃないよ?」



「内緒内緒。聖ちゃんは特別なの。お嬢様でいないと怒られるから。お嬢様でいるとね、お父様もお母様も褒めてくれるんだよ。だから、私はお嬢様になるの。」



薙晶に対する清憲と曝の英才教育は凄まじかった。

子供ながらにその異常さには気付いていた。

しかし、お嬢様として振る舞うことで両親が喜ぶことが、薙晶には嬉しかった。


だから、薙晶はお嬢様になった。

褒められると、愛されていると感じたから。

「そっか。私もお父さんとお母さんに褒められたいもん。悪い子なんて言ってごめんね。」



「ううん、いいよ。だって私は悪い子だもん。お仕事している人達が言ってた。『薙晶様には逆らえない。俺達は奴隷でしかない。』って。逆らえないも奴隷も、悪い言葉なんだって。家庭教師の先生が言ってた。」



そう言われる私は悪い子。

それでも、お嬢様になるのはお父様とお母様に褒められたいから。



「そういう運命なの。」



そう言う薙晶は、まるでお人形の様に綺麗に笑った。



「ねぇ、聖ちゃん。片っぽだけ頬っぺた赤いけど大丈夫?」


「……うん。お父さん怒ると叩くの。」



聖の左頬は見るからに赤く腫れていた。


明らかに虐待だ。


それでも皆、何も言わない。



「痛くないの?」


「痛いけど、私が良い子じゃないから。お母さんはお父さんに止めてって言ってくれてお父さんが怒らないようにってたくさん教えてくれるけど、私は全然良い子になれなくて。」

清憲の下請け工場で働く蝓兵にとって、聖と同じ歳の薙晶をどうしても比べてしまっていた。



自分には無いものが冷宝家にはある。

汗水垂らして身を粉にして必死に働いても、決して越えられない壁がそこには存在した。


そんなどうしようもないイライラと日々の仕事のストレスで、蝓兵は聖が産まれてから次第に酒に溺れるようになった。



そんな蝓兵にも郁榎は愛の力が勝っているのか、聖に対する暴力を止めようとはするものの最終的には聖に蝓兵の言う通りにするように言い聞かせていた。



「でもね、怒ってない時もあるんだよ。その時は良い子だって頭を撫でてくれるの。」



仕事で上手くいった時、蝓兵の態度は少し丸くなる。

その時は、気持ちが悪くなるぐらい聖に対して甘くなる。

ただ、30分と持たないが。


それでも、聖にとって蝓兵が笑ってくれる、それが愛されていると感じる唯一の瞬間なのだ。


だから、その瞬間が増えるように良い子でいる。



「お父さんもお母さんも大好きだから。」



そう言う聖は、まるでピエロの様に無邪気に笑った。

「なんでお前は俺の言うことが聞けないんだ!!」


「あなた止めてください!」



学校から帰ってきた。

両親のいる事務所へ帰ってきた。


ただそれだけだった。



けれど、この日は蝓兵の機嫌がすこぶる悪かった。


手を掴まれ投げ飛ばされる。

置こうとしたランドセルは部屋の隅へ飛んでいった。



郁榎が間に入っても全く意味を成さない。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」



「謝ったってなにも変わんねーんだよ!!」



訳が分からないまま頭を抱え、小さく踞り震える聖を、蝓兵は蹴り続ける。



「あなた、お願いですから!」


「うるせぇ!お前は関係ねぇんだよ!」



止めようとした郁榎は突き飛ばされ、右のロッカーに激突する。



「っっ………っ!聖!!」


「あ?」



ロッカーの左隣にある棚にも衝撃が伝わる。

棚には花瓶が置いてあって、その下には聖がいた。


ふらつきながらも目の端で捉えた郁榎は叫ぶ。



揺れ落ちる花瓶が聖の頭上に迫っていた。

「ぉ、かあ、さん………?」



大きな音がした後、聖の真横に倒れ頭から血を流しながし動かなくなった郁榎。



「お母さん!お母さん!」


「み……ず…き……」



手に血が付き驚いた聖が、叫びながら揺さぶると、郁榎は目を開け聖の名を呼ぶがすぐに閉じてしまった。



「お前…どれだけ俺を……」


「お、とーさん…?」



呟やいた蝓兵に、聖は顔を上げ目線を向ける。

しかし俯いていて、しかも逆光なので、見上げる形の聖にも蝓兵の表情は分からない。



「苛立たせたら気が済むんだっ!!」


「!!!」



倒れ血を流す郁榎を見て、言葉も理解出来ないほど理性を失った蝓兵が叫び聖に拳を降り下ろす。



「…ぐっ………っぁ………」



「………?」



殴られる――。



聖はそう思って来るであろう痛みに耐えようと、ギュっと目を瞑っていた。


しかし、呻き声が聞こえただけでいつまで経っても痛みは来なかった。


不思議に思って目を開ける。


振り向いたのか、入口に頭にしてうつ伏せで倒れている蝓兵。

腰の辺りからは血が溢れ出ていた。



蝓兵の横には、誰かが居た。

「ち…あ…きちゃん……」



薙晶が居た。


血に濡れた包丁を両手で握り締めて。



「逃げて!」



そう叫んだのは聖だった。



「み…ず…きちゃん……」


「逃げて、薙晶ちゃん!」



浅く息を繰り返し固まったままの薙晶から、聖は包丁を奪い取る。



「でも………」


「これで良かったの。薙晶ちゃんは何も悪くない。大丈夫だから。清憲様呼んできて。」


「聖ちゃん……」


「お願い、薙晶ちゃん。」



「分かった。」



薙晶が清憲を呼びに事務所から出ていった。



「…………………………。」



薙晶を見送った聖は足元を見下ろす。


そして、奪い取った包丁を血が溢れ出ている場所へ突き刺した。




何度も、何度も。



何度も、何度も。



何度も、何度も。




その場所以外にも。




たくさん、たくさん。



たくさん、たくさん。



たくさん、たくさん。




最初のが分からない様に。




薙晶の声が再び聞こえてくるまで。

とにかく繰り返した。





その時の聖は、とても冷静だった。

清憲が事態を知り程なくして警察が呼ばれ、聖は別室へ移った。


刑事に何を聞かれても、聖は覚えていないと虚ろに繰り返す。


事実を語ろうとしない聖に何かを感じたのか、薙晶も口を閉ざした。



事件現場の状況から見て殺人だと判断した警察は捜査を始めるも、清憲の圧力により事故として処理。



薙晶の提案により、聖は冷宝家に身を置くこととなった。



「薙晶ちゃん。どうして一緒に居られるの?清憲様怒らなかったの?」



2人しか居ない薙晶の部屋で、聖は尋ねる。


薙晶の専属メイド。

食事は一緒、部屋も隣。


専属とはいえ、メイドとしては破格の待遇だった。



薙晶と一緒に居られることは聖にとって嬉しかった。


けれど、清憲の性格上、我が娘である薙晶と下っぱ従業員の娘である聖が一緒の部屋など許すはずが無いと思った。



しかし、そのあり得ないことが現実となっている。


それが聖には不思議だったのだ。

「決めたの。」


「何を?」



「聖ちゃんは私が守る。お父様からもお母様からも。誰からも。聖ちゃんが大好きだから。」



薙晶は笑う。

強い意志を持って。



「聖ちゃんはお巡りさんに私のこと言わなかった。聖は私を守ってくれた。」



「言わないよ。だって薙晶ちゃんは悪くないもん。」



「ありがと、聖ちゃん。」



とっくの昔に諦めた。

とっくの昔に分かってた。


欲しい愛情がその人達には無いこと。

その人達がしていることは悪いってこと。



子供でも分かるよ。


自分自身を見てくれていないこと。



それでも、手を伸ばしたんだ。


僅かな望みに賭けて。



だけど、それさえ打ち壊したのは紛れもない自分達だ。



しかし、壊して気付く。


亡くしても変わり無い。

何も変わりはしなかった。


だって、元々無かったのだから。



「薙晶ちゃん、これは秘密だよ。誰にも言っちゃいけない2人だけの秘密。」


「うん。秘密ね。聖ちゃんと私だけの。」



枷の呪縛なんかじゃない。


誰の目にも触れてはいけない、

最高傑作の絆なんだ。

「薙晶はお菓子作りとかしないの?」



忌まわしき事件から数年。

聖と薙晶は中学生になった。



ある日、聖はふと思ったことを口にする。



「何急に。」



突然何を言い出すんだこの子は。

そんな表情の薙晶。


それもそのはず。


今は今日出された宿題と近々迫るテストに向けて、学生の本分である勉強の真っ最中だからだ。



「いや、一緒には作るけど、作ろうって言うの私だし。薙晶から聞いたことないなぁーって。会社はお菓子関連なのに。」



「それはそうだけど。聖がいるから作ってもいいかなっていう気にはなるし作るけど、どちらかというと作るより食べる方が好きよ。」



「そっか。でも薙晶、作るセンスあると思うよ。私より器用だし。」



聖は本を見て試行錯誤の不器用であるが、薙晶は適当に作っても仕上がりは上出来という所謂天才気質だ。



「よし。じゃ考えるだけ考えてみようか。」



褒められると誰だって嬉しい。

しかも他ならぬ聖からなら尚更だ。



薙晶は滅多に出さないやる気を出した。

「モチーフは四葉のクローバーがいいな。」



テストが終わってすぐ、聖と薙晶はお菓子の企画を始めた。



四葉のクローバーは薙晶にとって思い出深いもの。


聖もそれに賛成した。



「四葉のクローバーで何作ろうか。形が綺麗で、作りやすいのが良いよね。クッキーとかマカロンとか…飴とかケーキとかチョコレートとか。後は……」


「飴がいい!」



何か閃いたのか薙晶は叫ぶ。



「飴なら色々バリエーションが作れる。赤なら林檎味、水色ならソーダ味、緑なら抹茶味、黄色ならレモン味って感じで。色で味が違うとかどう?」



「あ、それいいかも。色と味をたくさん作ったら無限大だ。」


「色と味は後で詰めるとして、名前どうする?せっかく聖と考えてるんだから意味のあるのにしたい。」


「そうだね。名前……う~ん……」



唸りながらいくつもの候補を並び立てるも、どれもいまいち。


何かしっくりこない。

「あ。」


「どうしたの?」



この日も宿題を終え、明日の予習をしていた。


しかし、何か気付いたように聖は声をあげる。



「名前、思い付いたかも。」



「名前ってもしかして……」


「飴の!」


「ほんと?!」



聖はノートに思い付いた名前書いた。



「水晶?」


「そう!ほらこれ見て。」



聖がそう言って見せたのは、浅雛聖、冷宝薙晶とそれぞれ表紙にかかれた2冊のノート。



「聖のみず、と、薙晶のあきの漢字で水晶!飴を半透明にすれば宝石みたいに見えるし。どう?素敵でしょ。」



「あ~!成る程。良くもまあ知恵が働くこと。も~聖、頭良い、凄い!」



閃き力は聖の方があったらしい。


嬉しそうに言う聖に、その発想に薙晶は感心する。



その後、漢字では可愛くないという考えで一致した2人は、水晶を英語読みすることにした。


こうして、クリスタルという名の飴の原型が誕生したのだった。


後の少し未来に、実用化に少し時間が掛かったもののこれが爆発的な人気になるとは、この時の2人は思いもしなかった。

「ねぇ。進路考えてる?」



「全然。清憲様は絶対大学行けって言うよね。」



高校生になって、もうすぐ3年にあがる。

進路を真剣に考え始める時期だ。



「私はそれでもいいんだけど。特にしたいこともないし、お父様は会社継がせようとしてるしね。聖は?」


「私も今のところ特に。」



高校までは漠然と過ごして来たが、やはりその先は良く考えなければならない。

そんな思いが強くなる。



「だったら聖、警察官には興味ない?」


「は?警察官?なんで?」



「聖は警察官に向いてる。体力あるし、優しいし。」


「そ、それだけ…?」



「うん、絶対。保証する。」



特別な理由も無く、天才的な直感らしい。


ただ、薙晶は自信たっぷりの笑顔で言い切る。



「(警察官か……)」



両親の事件の時、テキパキと動いていてカッコよかった。


その後、捜査が打ち切られて報告に来た刑事の悔しそうな顔も覚えている。


定年間近の風貌だったので、今はもういないだろうが。



「(優しい目をしていた…)」



あんな目で、両親もみてくれていたら。


そう聖は思ってしまった。

「で、あれから猛勉強をしなくても成績優秀だった聖は見事試験に合格。今や花の刑事課勤務~!」


「いきなり何…どうしたの?」



薙晶が突き落とされる数週間前。


聖は薙晶に呼び出されていた。


場所はもちろんホテル。


高級ホテルだとセキュリティがしっかりしているので、部屋の中にいれば問題ない。


2人の仲が知られれば、事件の真実も露呈してしまう。


そう考えた結果、会うのはいつもホテルだった。



「ちょっと思い出しただけ。聖が警察官になった時のこと。」



大学に行って国家公務員の試験を受ければ、本庁のキャリア組になれる可能性があった。

しかし、聖は地方公務員の試験を受け所轄勤務を選んだ。



「まさか生活安全課とはね。」



聖は、華々しい経歴よりお巡りさんになりたかった。


自分の心に残ったあの刑事さんのように。


捜査よりも事件や事故を未然に防げたら。



私達の未来も違っていたかもしれないから。

「結局、刑事課に配属されたけどね。」



洞察力と冷静な判断で、実績も評価も高かった。


その洞察力と冷静な判断が培われた経緯が、過去の決して褒められたものではないのは自覚していたけれど。



人事異動は上司からの推薦。

嬉しそうに話す上司を見て断れなかった。


その上司も假躍達も良い人なので、まあいいかと聖も思えた。



ただ、小鳥遊と再会するとは思ってもみなかったが。



「小鳥遊って、高校の時、私に突っ掛かってきた男子だよね?そして、聖を追い回したあげく告白して玉砕した哀れな奴。」



「哀れって…。まだ諦めてないみたいだったけど。」



「え?なんで分かるの?」



「だって告白されたから。」


「ほんとに?良かったじゃない。」



「別に。断ったし。」


「なんで断るの?あの時は彼氏とか付き合うとか考えられないくらい狭い世界にいたけど、今はお父様とも離れてるし、小鳥遊はイケメンの部類に入るし性格は良いはずだし。断る理由ないでしょ。それに聖だって小鳥遊のこと……」

「……小鳥遊には、隠し事したくないから。薙晶とのこと言っちゃいそうだから。それに、小鳥遊みたいなエリートには私なんかより良い人がいるよ。」



「聖………」



聖は優しく微笑む。

しかしその中に悲しみが含まれていることは、薙晶には明白だった。



「よし。そんな聖に良いものをあげましょう。」



「?」



薙晶が鞄から取り出したのは、可愛くラッピングされた手のひらより少し大きいサイズの長方形の小箱。



「聖ちゃん。これあげる。」



「これ……ペンダント?」



どこかで聞いたことのある声のトーンと台詞を聞きながら、渡された小箱を開ける。


入っていたのは、少し大ぶりの四葉のクローバーの形をしたペンダントだった。



「あの時、聖教えてくれたよね。四葉のクローバーの花言葉。幸せだって。」


「うん。」



「けど、四葉のクローバーにはもう一つ花言葉があってね。」



私を思い出して。



「遅くなったけど、これでお揃いよ。」



薙晶は宝物の栞を見せながらウインクする。

「ありがと。」


「ううん。私嬉しかったから。唯一の宝物なんだから。」


「私も唯一の宝物よ。」



「「ふふふっ……」」



2人で笑い合う。



「聖。どんなことがあっても、私は聖の味方だからね。」



「何急に…そんなこと分かってるよ。私だって同じだから。」



笑っていたら急に真剣な表情をして薙晶が言うものだから、聖は大丈夫だとでもいうように答える。



「約束。ずっと約束よ。」


「うん。」



指切りげんまん
嘘ついたら
針千本の~ます

指切ったっ!


破りもしないのに、無邪気にはしゃぐそんな声が聞こえた気がした。



「小鳥遊に会いたいな。3人で食事でもしようよ。」


「小鳥遊と?でも…」


「いいじゃない。ねっ?」


「うん……」



聖が言い渋ったのは、薙晶との関係が明るみに出ないかということがあるから。


しかし数週間後、明るみに出るどころか全て知れ渡ることになる。



2人の少女達の
悲しくも愛しい秘密と、

1人の男の
理解不能な憎むべき秘密。



2つの四葉のクローバーに忍ばせた

2つの許されざる秘密が。

一歩のその先

「そう……だったのか……」


「よく話してくれたわ。」



衝撃的な真実に、厠餉乘は机に手を付き頭を垂れる。


頑張ったとでもいうように、假躍は浅雛の肩に手を置く。



無理矢理泣き止んだ聖は、過去の真実を掻い摘まんではいるが全て話した。


他でもない薙晶がそう望んだから。



「冷宝は浅雛に託したんだな。四葉のクローバーのペンダントに見せかけたこのUSBメモリを。」



小鳥遊が手にした四葉のクローバーのペンダント。


そう数週間前に聖が薙晶から貰ったものだ。


それは正確にいうとペンダントではなく、ペンダント型をしたUSBメモリ。


中には朔渕の悪行が全て詰まっている。


聖がペンダントを握り締めた時、蓋が偶然外れた。


それで、聖は薙晶の思いに気付けたのだ。



「悪かったな。薙晶のこと散々……」

「いえ。そう思わせるようにしていたので。」



我黏は謝るが、当然の結果というかそれで良かったので、浅雛は謝る必要は無いと思う。

トゥルルル――……



「はい、捜査一課………はい、はい……分かりました。ありがとうございました!」



電話が鳴る。


出た仇夂の表情はみるみる明るくなる。



「浅雛、喜べ!薙晶の意識が戻ったぞ!」



「!!!」



「本当か!」


「良かったわね。」



「まじで良かったな~!」


「ほんとですよ。」



電話は薙晶の意識が戻ったと病院からだった。


皆安堵の表情を浮かべ、笑い合う。



「浅雛、何してる。行くぞ。」


「ど、どこに……」



「病院に決まってるだろ!」



「え、いや、でも………」


「厠餉乘くん。お願いね。」


「分かりました。」



厠餉乘と我黏の言葉に浅雛は戸惑うが、假躍が背を押す。



「小鳥遊、お前も行ってこい。」


「俺も?」


「気になるだろ。」



小鳥遊もまた、仇夂に背を押される。


厠餉乘に連れられ、浅雛と小鳥遊は病院に向かった。

「薙晶良かったな。」


「本当に良かったわ。」



「お父様、お母様……心配を掛けてごめんなさい。」



清憲と曝も薙晶の意識が戻ったと連絡を受け、病院に来ていた。


医者曰くしばらくは安静にしなければならないが、もう問題はないらしい。


薙晶の意識もしっかりしている。



「いいのよ。薙晶は悪くはないわ。全ては朔渕のせいなのだから。」


「そうだぞ。良いことをしようとしただけだ。流石我が娘なだけある。」



清憲と曝が薙晶に事件の概要を話していると、ドアがノックされた。



「はい。どうぞ。」



「失礼します。」



「また貴様か。」


「先程はどうも。」



扉が開き顔を見せた厠餉乘に、清憲は嫌な顔を隠そうともしない。



「ほら。」


「貴様……」


「聖!!」


厠餉乘に背中を押され姿を見せた浅雛に、清憲は更に嫌な顔をする。


反対に、薙晶は嬉しそうだ。



「行けって。」


「……うん。」



小鳥遊の力強い声に、浅雛は一歩を踏み出した。

「貴様っ……!!」


「貴女の様な人間が来るところではありませんわ。出てお行きなさい!!」



「待って、お父様、お母様。」



薙晶に近づいた聖を、今にも追い出そうとする清憲と曝。


薙晶は制止しながら起き上がる。



「薙晶……」


「聖っ!!」


「!!っっ……薙晶っっ……」



薙晶は起き上がると、側に来た浅雛に抱き付いた。


浅雛もやっと気が緩んだのか薙晶を抱き締める。



2人の目には涙が浮かんでいた。



「ち、薙晶…!?何故……?」


「あんな娘と……」



浅雛と薙晶の抱き合う姿を見て、清憲と曝は驚きを隠せない。


それはそうだろう。


今まで見せたことは無かった姿だった。


一度たりとも。


誰に対しても。



「あんたらが見ようとすらしなかった姿だな。」


「小鳥遊。」



厠餉乘は諌めるが、小鳥遊はそっぽを向いて知らんぷりを決め込んでいる。



「(ったく……)あれが娘さんと浅雛の嘘偽りない、本来の姿ですよ。」



厠餉乘は諭す。


盲目過ぎた、親バカならぬバカ親を。

あれから真実を清憲と曝に告げたものの、2人にとって到底信じられるものではなかった。


しかし、薙晶が毅然とした態度で自分で望んだことだと何度も説明し渋々理解はしたようだ。



薙晶が書類を整理していて偶然見つけた朔渕の不正。

自首を勧めたのにこんな結果になってしまったことを薙晶は残念でならなかった。


だが朔渕、つまり犯人が捕まったことにより事件は解決、何より薙晶の意識が戻ったことで圧力も無くなった。



しかし、浅雛と薙晶の過去の件については



・今回の事件には直接関係が無かったこと

・当時未成年で事情が事情だったこと

・無理矢理ではあるが、事故で処理した案件を蒸し返したくないこと

・朔渕の件でもスキャンダルなのに更なるスキャンダルを公表したくないこと





等を理由に、清憲側と警察側の双方意見が一致した為、公表はされず箝口令が敷かれた。



浅雛と薙晶も関係を偽っていたのが事件が理由ではない為、それを受け入れた。



小鳥遊以外の同級生や当時周りにいた人達に対しても、ゆっくりではあるが過去の事件以外の謝罪と説明をしていこうと改めて思う浅雛と薙晶だった。

「ねぇ、ほんとに私も行っていいの?」



「薙晶が小鳥遊に会いたいって言ったんじゃない。」


「それはそうだけど……」



この日非番だった浅雛と共に過ごした薙晶は、少しお洒落をしている。


勤務日の小鳥遊と待ち合わせをし、食事をする約束をしたからだ。



「お邪魔じゃないの?」


「なんで?」


「なんでって……あんたねぇ………」


「小鳥遊も一度話したかったって言ってたし。良い機会じゃない。退院してから初だし。」



そう。


薙晶は聖と再会した後、何事も無く無事に退院できた。


経過観察も良好で、もう少ししたら運動もしてよいとまで言われている。


浅雛が喜んだのは言うまでもない。



しかし、入院中小鳥遊は何度か聴取に来たが、話したのは一緒に来た浅雛の方で小鳥遊とは事件のことだけだった。


だから、薙晶も話したいのは山々なのだが………



「聖。あんた、小鳥遊にちゃんと気持ち言ってないでしょ。話聞いた限りじゃ、聖の言い方は断ったっていうよりスルーしてる感じだよ。しかも、真逆のこと言ってるし。」

「それは……ってか私にとってあれは断りなの。それに断っといて今更だし……しかも2回。」



「関係ないって!せっかく私達のこと言えたんだから。ね?」


「………………。うん………。が、頑張ってみる………。」


「よし。頑張れ、聖!」



薙晶に背中を押されたところで、待ち合わせの場所が見えてきた。



「よう。」


「ごめん、待った?」


「いや、全然。今来たとこ。」


「(初デートのザ会話って感じね。ま、聖はこういうの慣れてないし、小鳥遊も見た目はチャラいけど性格上聖一筋みたいだから遊んでなさそうだしね。)」



浅雛と小鳥遊がぎこちなく会話している中、薙晶はお節介な親戚みたいな思考を巡らせていた。



「冷宝も久しぶりだな。病院じゃ話せなかったし。」



「ぎこちないわね。まぁ、仕方ないけど。少しずつ慣れたらいいわね。さっ、入りましょ。」


「ああ。」


「うん。」



偶然の………いや、きっと必然だった再会を果たし今日集まった3人は、予約したレストランへと消えていった。

「旨かったな。流石、冷宝チョイスの高級レストラン。」


「そうだね。」



3人での初めての食事。

ぎこちなくも謝ったり笑ったり、昔話に花を咲かせた。


薙晶は呼んだ車に乗り込み帰っていったので、浅雛と小鳥遊は人通りの少なくなった歩道を歩いている。


2人に気を使った………。

いや、確実に浅雛の為だろう。


なにせ、帰り際薙晶は浅雛に、小声で頑張れと言ったのだから。



「……ってかさ、まじ悪かった。俺、ほんと余計なことしてたよな。」


「あ……いや、別に。どちらかというと謝るのこっちだし。騙したというか、小鳥遊の心配分かってて嘘言ってたし。小鳥遊が気にするようなことじゃない。」



浅雛の3回目ぐらいのセリフ。


しかし今回は、バツが悪そうな表情だ。



「そうか?まぁ、何にせよ、良かった。」


「何が?」



「浅雛のことが知れてさ。」


「……っっ!!」



振り向きざま、はにかむ様に小鳥遊が言うものだから、浅雛は動揺して目が泳ぎ歩みが止まる。

「……………。た、小鳥遊っ!」



しかし、今は中学生みたく照れている場合では無い。


薙晶に頑張れと応援されたのだから。


拳を握り深呼吸する。

渇を入れて、小鳥遊を呼んだ。



「ん、何?」



立ち止まり振り向く小鳥遊は、何故呼ばれたか分からず不思議そうな表情だ。



「言うつもり無かったんだけど……薙晶のことも昔のことも、全部話せたから……だから……」


「うん。」



先程と声色が違うことに気付いた小鳥遊は、少し顔を引き締め声のトーンも真剣になる。



「さ、散々断っといて今更だけど……私、小鳥遊こと、好き。」


「っっ……―――!!!」



遠慮がちに言う浅雛。

必然的に上目遣いになる。

本人にその気が無くても、やられた方はたまったものではない。



「へ?あっ……ちょっ……た、小鳥遊………??」



小鳥遊は無言のまま浅雛を抱き締めた。


驚き小鳥遊に話し掛ける浅雛だが、抱き締められる力が強くなっただけ。



人の往来もなく、すれ違った時間を埋める様に、2人はしばらくの間そのままだった。

「小鳥遊の奴、私の聖になんてことをっ!」



「なんで薙晶が怒るの?応援してくれたの薙晶じゃない。」


「それはそうだけど。聖を取られたようで、嫌なものは嫌なの。」



母親を下の兄弟に取られた子供か。
でも、お互い一人っ子なんだけどね。

と、薙晶の可愛い嫉妬にそんな突っ込みを入れたくなる心境の浅雛。



「はいはい。薙晶は私の唯一無二の存在よ。これでどう?」




「なんか投げやり―」


「凄い。良く分かったね。」


「ちょっと~」


「あはははは………」



ふざけ合う2人がいるのはホテル………


ではなく、最近出来たお洒落なカフェだ。



浅雛が非番の今日、買い物をしようと朝食がてら待ち合わせをした場所。



小鳥遊の話題も入った雑談を交えながら、食後のコーヒーを飲む。


テーブルに雑誌を広げ、今日行くショップのセレクト中だ。





浅雛と薙晶の楽しそうに笑い合う姿は、どこにでもいる普通の女の子だった。

四葉のペンダントをした浅雛


四葉の栞をいつも持ち歩いている薙晶





秘密を失った2つの四葉のクローバーは


これから何を忍ばせるのだろうか





きっと花言葉の如く


思い出と未来が


たくさんたくさん


詰まってゆくことだろう