言葉狩り

三日月が雲に見え隠れする闇夜。


とあるビルの屋上には、2つの影が蠢く。



「これ以上黙ってられないわ。」



1つは20代後半ぐらいの女。


意志を固めた強い口調で、女は話始める。
しかし、話の相手であろうもう1つは陰になって見ることが出来ない。


「証拠だってあるのよ。」



眼下に広がる夜景を見ながら、女は確信を持って言う。



「ねぇ、お願い。自首して。」



振り向き、女は懇願する様に言うが、相手は答えない。


再度、夜景に体を向ける女だが、表情は明らかに諦めきれていない。



「公表したっていいの。でも、長い付き合いだから。」



伏せ目がちに、悲しい表情で転落防止の手すりを握り締める。


そして、意を決した様に、女はもう一度振り向いた。



「ねぇ、おねがっ……ちょっと何を!」





キャ――――……………





響き渡ったのは、静寂の夜に似つかわしくない叫び声。

その直後には、重さのある何かが落ちた音。



数分後、ビルの屋上から影は跡形もなく消えていた。

個性的

「おい、小鳥遊!さっきの聴取の仕方はなんだ。」


「何か問題でもありましたか?普通に聴取しただけですけど。」



警視庁 刑事部 捜査一課

閑静な場所である筈の廊下で、取調室より出てくるなり大声で言い争いをしている2人。


1人は、最近一課に配属された新人で、ふてぶてしい態度を隠そうともしない小鳥遊(タカナシ)。

もう1人は、小鳥遊にとって先輩刑事にあたり、小鳥遊の教育係を任されている仇夂(アダチ)。



「問題大有りだ!あれじゃ機械的過ぎるだろ。被疑者も人間だ。もうちょっと人間味のある会話をだな…」


「犯罪者に寄り添っても癒着を生むだけですよ。」


「お前なぁ!!」



怒れる仇夂に、小鳥遊はどこ吹く風だ。



小鳥遊が来るまで一番の新人だった仇夂は、教育係を任命されかなり熱が入っている。



本来、小鳥遊は階級が警視の管理官である。

所謂キャリア官僚だが、

これからの時代キャリアも現場を知らないといけない

という上層部の突然の意向により一課に配属されたのだ。



しかし小鳥遊には不服だったようで、人を小馬鹿にした態度も仇夂の熱を上げている要因の一つだろう。

「はい、そこまで。」


「「厠餉乘さん!」」


「おはようございます。」


「ほい、おはよう。」



背後から2人の肩を叩いて会話を止めたのは、2人の直属上司、厠餉乘(シゲノ)。

警部でありながら現場に赴く珍しい刑事だ。



「厠餉乘さん!聞いて下さいよ~」


「聞こえてるよ。あれだけ大きな声で話してればな。」



「じゃ話が早いです。厠餉乘さんからもなんとか言ってやって下さいよ。刑事とはなんたるかを。小鳥遊のやつ」


「被疑者と仲良くなることが刑事のすることとは思えませんけど。」


「なんだと!」



「あーもー。小鳥遊、煽るな。仇夂も、教育係ならもっと冷静になれ。」


「すみません……」


「別に煽ってませんよ。」


「(……ったく………)」



キャリア官僚だからと同じ班にいる刑事達が文句を言いながらも当たり障りなく過ごしているのに、どうも仇夂と小鳥遊は合わないらしい。

「みんな、おはよう。」


「おはようございます。厠餉乘さんが止めてくれて良かったですよ。取り調べする前から煩くて仕方がなかったんですから。」



部屋に入った厠餉乘へ挨拶もそこそこに、うんざりした様子で話すのは同じ班の我黏(ガデン)。


パソコンを使いこなし世の中のことも詳しい情報通ではあるが、口が少々悪いのが玉に瑕だ。



「朝から楽しそうね。」



「班長、おはようございます。」



言い合っていると、入口から入ってきたのは2人の女性。


1人は班長と呼ばれた假躍(カリヤ)。


男社会の警察には珍しく、班長に女性が就いている。


普段は柔和であるが、やるときにはやるタイプの頼もしい班長である。



「おはようございます。」


「おー。いないと思ったら班長と一緒だったのか。」


「ええ。この間の事件の資料整理、手伝ってもらってたのよ。」


もう1人、假躍の後ろから挨拶をしたのは浅雛聖(アサヒナ ミズキ)。

所轄より移動となった、小鳥遊と同じ新人刑事だ。


階級は巡査部長で、こちらは通常の人事移動である。

「2人とも、ちょっとは浅雛を見習え。新人らしい、初々しく素直なこの態度を。」



「我黏さん、それ以上は…」



褒めちぎる我黏の言葉に、当の本人である浅雛が待ったをかける。


浅雛の視線の先には、無言ながらも火花を散らす小鳥遊と仇夂。



同じ新人ではあるけれど、階級は上の小鳥遊。

同じ階級ではあるけれど、先輩の仇夂。



どちらもとても警察官とは思えない言動ではあるものの、2人に注意しずらい立場の浅雛にとって我黏の煽りともとれる言葉を止めるしか無かった。



「楽しい、もここまでくると困りものね。」


「そう言ってる割には、顔が綻んでますよ。」



賑やかな部下達の様子を、呆れながらも微笑ましく見守る假躍と厠餉乘。



他の班なら厄介者扱いされ、とっくに移動になっているような刑事らしくない雰囲気。


それが実現出来ているのは、様々な場面で女性というだけで壁にぶつかざるを得なかった假躍ならではの柔軟な考えの結果である。

崩れ去る

「ちょっとお待ち下さいっ!」



ドアの向こうから聞こえてきたのは、浅雛達のいる部屋まで届く大きな声。



「何事かしら?」



尋常では無い雰囲気に、假躍の顔が強張る。


男女が言い争う声。

制止しているのは女の方で、口調から警察職員のようだ。



「私見てきます。」


「待て。小鳥遊、お前が行け。」



名乗りを上げた浅雛に、仇夂は小鳥遊を行かせようとする。



「なんで俺なんですか?」


「こういう時は男が行くもんだろ。」



「そういうの、女尊男卑って言うんですよ。」



文句を言いながらもドアへ向かうあたりが、仇夂に対して天の邪鬼な小鳥遊らしい。



「あ、あの!そこはっ!」



「うぉっ!?」



ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間ドアが開き、迫るドアに小鳥遊は驚く。


日頃より鍛えている反射神経で飛び退いたので、ぶつかるのはなんとか防げた。



閉じ込められないようにと、防犯上の理由から内開きドアを採用しているが、こういう場面では厄介極まりない。

「貴様、よくも薙晶を!」


「っ……―――」



部屋に入ってきた50代ぐらいの男は、浅雛を見付けると一直線に向かい胸ぐらを掴んで壁に叩き付けた。



「止めて下さい!」



その後ろから男を止めようと、女性警官が慌てて入ってくる。


そして開けっ放しのドア付近には、同じく50代ぐらいの女と30代ぐらいの若い男。



声と雰囲気から、ドアの向こうで言い争っていた人物達に間違いない。



「と、取り敢えず落ち着きましょう。」



押される女性警官を見かねた厠餉乘が、男と浅雛を引き離しに掛かる。



「落ち着いていられるか!こいつが薙晶を…、俺の娘を、ビルの屋上から突き落としたんだぞ!」


「そうですわ。貴方達警察は、殺人犯を野放しにする気なのかしら!?」



厠餉乘の言葉に男は更にヒートアップし、女も加わって責め立てる。



「浅雛が?」


「あり得ない。」


「貴方達ちょっと黙ってて。」



男と女の言うことに仇夂も小鳥遊も反論しかけるが、假躍がそれを制す。

「私、浅雛の上司の假躍と申します。突然浅雛を逮捕しろと仰られてもそれは出来かねます。まずは、事情を説明して頂けますでしょうか。」



男をこれ以上刺激しないように、假躍は努めて冷静に話し掛ける。



「旦那様。こちらの方々は事情を知らない様です。一旦、落ち着きましょう。」


「ああ。お前が言うなら仕方がない。」



余程信頼しているのか、若い男の言うことに素直に従い、男は浅雛から離れる。


しかし、顔は怒りに満ち浅雛を睨み付けたままだ。


假躍は女性警官にお礼を言って下がらせる。


それを見た若い男は、假躍達の方へ向き直り口を開く。



「突然の訪問、申し訳ございません。こちらは、冷宝グループ社長冷宝清憲(レイホウ キヨノリ)、奥様の曝(サラ)、そして秘書をしております私、朔渕酉堕猪(サクブチ ユウダイ)と申します。」



「冷宝清憲…!?」



我黏が驚くのも無理はない。


冷宝グループとは、有名な菓子企業の一つだ。

従来の菓子から斬新な菓子まで、幅広く開発・生産している。


特に最近発売された飴は、社長令嬢が自ら発案・開発したとメディアでも大々的に取り上げられ、大きな話題になっている。

社長である清憲も多くのメディアに登場していて、我黏もその顔を良く知っている。


しかし、メディアで見る清憲は明朗快活、記者の冗談にも答える温厚で明るい性格だ。


その清憲と目の前いる人物が同一とは思えないほど、その雰囲気はまるで違う。


これでは、我黏でなくても驚くだろう。



「何故浅雛をお疑いに?」



「昨夜お嬢様である薙晶(チアキ)様がビルの屋上より転落しました。手術は成功しましたが、いまだに意識は戻っておりません。」


「薙晶さんの転落と浅雛が関係していると?」



「こいつは薙晶を妬んでいたからな。それくらいの事しでかしても不思議ではない。」



どうやら清憲達は、浅雛が娘である薙晶を突き落としたと思っているらしい。


しかし疑っているというより、既に犯人と決め付けている口振りだ。



「違う!浅雛は、冷宝を突き落としたりはしない!そんな人間じゃない!」


「た、小鳥遊?」



清憲達の言い様に、それまで睨み付けているだけだった小鳥遊が大きな声を上げる。


突然の出来事に、仇夂も驚くしか出来ない。

「小鳥遊、お前こちらのお嬢さんと面識があるのか?」


「それは……」



厠餉乘の問い掛けに、小鳥遊は目を泳がせ言い淀む。


少し俯いたその顔は、今まで見たことがないぐらい辛く悲しげに歪んでいる。



「薙晶様の件に、私は一切関わっておりません。」



清憲が薙晶を突き落とされたと言った瞬間目を見開いたが、それ以降は黙ったままだった浅雛が口を開く。



「よくもまあ、平然と言えますこと。」


「そこまでお疑いならば、当然証拠などはおありなのですね?それを拝見出来ますか?」



「なんですって!」



淡々としているが、出てくる言葉は曝を逆撫でするものばかり。



「貴様自体が証拠だ!この疫病神が!」


「旦那様、奥様。落ち着いて下さい。」



「神に例えて頂けるとは光栄ですね。」


「あ、浅雛!」



口数は少ないが相手の事を考え、言葉を選んで言っているように見受けられる普段とは明らかに違う刺々しいこの言動。


そんな浅雛に、さすがの厠餉乘も制止する声に戸惑いの色を隠せない。

「事情は分かりました。ですが、お聞きする限りでは、直ぐに逮捕はやはり出来かねます。私どもで捜査をさせて頂き、事実を確認致します。」



偏った思考と感情的になっていることで、この場で清憲達から真実は聞き出せないと判断し假躍は提案する。



「旦那様、奥様。ここは假躍さんにお任せした方がよろしいかと。これ以上事を荒立てても…」


朔渕も假躍と同意見らしく、清憲と曝に話し掛ける。



「本当に、きちんと調べて頂けるんですわよね?」



「勿論、公明正大な捜査をすることをお約束します。」



疑念を抱く曝に、はっきりと假躍は言う。



「曝、もういい。朔渕、お前の言う通りこの場は引くことにしよう。」



清憲は、朔渕の言うことなら聞くらしい。



「逮捕の報告、心待ちにしているぞ。」



清憲は浅雛を嫌そうに一瞥した後、捨て台詞を吐き3人は部屋を後にした。

「説明…してくれるわね、浅雛?」



事が事だけに、少し強い口調で假躍は問う。



「……………。」



しかし、浅雛は目を反らし黙ったままだ。



「小鳥遊くん、貴方はどうなの?何か知っているような口振りだったけど?」



「えーあー……」


「どうなんだよ!?」


「仇夂さんには関係ありません。」


「小鳥遊!今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ!」



仇夂の問い掛けを他人行儀で返す小鳥遊に、厠餉乘は声を荒げる。



「厠餉乘さん。」


「すみません…。」


身内で感情的になっても仕方ないと、假躍は厠餉乘を落ち着かせる。



「分かりました。説明します。」



隠し通すことは出来ないと思った様で、浅雛は閉ざした口を開く。



「浅雛!」



「小鳥遊、もういい。あんたが隠す必要は無いから。」



心配するような声色の小鳥遊に、タメ口で答える浅雛。

やはり2人は関係があるらしい。

腐れ縁

「確かに、私と薙晶様は古くからの知り合いです。私の父が清憲様の会社の下請けの工場で働いていました。しかし、」



20年前、浅雛の父と母―――

浅雛蝓兵(アサヒナ ユウヘイ)と浅雛郁榎(アサヒナ フミエ)は、事故により死亡した。


親戚もおらず一度に家族を失った浅雛を不憫に思った薙晶が清憲に頼んで、高校卒業まで同じ家で過ごしていた。



「良い人達じゃないか。何で浅雛が妬んでるってことになるんだよ?」



我黏の疑問は最もだ。



「同じ年齢だったので、私は薙晶様専属のメイドということになりました。言うなれば、僕か奴隷といったところです。」


「僕か奴隷って…。それは言い過ぎだろう。専属メイドつっても、同い年だろ?そこまで…」


「それは事実ですよ。」



我黏の疑問に答えたのは、浅雛ではなく小鳥遊だった。



「やっぱりお前、知り合いか。」


「高校の同級生ですよ。」



浅雛は、高校を卒業してすぐ警察官試験を受けたノンキャリア。


大学出の小鳥遊と、経歴上接点が無いのは当たり前だった。

「高校在学中、浅雛と冷宝は完全に主従関係でした。」



周りはやり過ぎだと思っていたようだが、権力者の娘である薙晶には生徒は勿論、教師さえも逆らえなかった。



「確かに私と薙晶様の関係は良好なものでは無いですが、それで薙晶様を突き落とすようなことはしません。まして、子供の頃のことを今更…」



「事情は分かったわ。でも、あの場を収めるとはいえ、約束した以上調べない訳にはいかないわ。捜査出来るように上に掛け合うから、浅雛は手が足りてない他の班を応援に行って。」


「分かりました。」



関係者である浅雛は、この捜査を外れなければならない。

身内による不正を防ぐ為だ。



「俺は捜査に加わりますよ。浅雛の無実は、俺が証明します。」



「小鳥遊くん、それは…」



寛容な假躍が言い淀むのも無理はない。


小鳥遊も、同級生という立派な関係者だ。



「班長、俺からもお願いします。小鳥遊に捜査させてやって下さい。俺がきっちり見張ってますから。」


「仇夂くん…」



小鳥遊と犬猿の仲である筈の仇夂が、今までに無いくらい真剣に頭を下げていた。

「あそこまでするとは思いませんでした。」



結局、仇夂に押し切られる形で小鳥遊も捜査に加わることになった。


組むバディは勿論、仇夂だ。



刑事の捜査は2人1組が基本。

1人では何かあった時、対処出来ないからだ。



我黏も、厠餉乘と組んで捜査に行っている。


出たがりの厠餉乘にとっては、机に座り指示をする管理職より現場に出るのは嬉しいらしい。

不謹慎極まりないが…。



「俺だって浅雛がやったとは思えない。教育係なめんなよ。」



先輩風を吹かせながらも、浅雛が無実だと自信たっぷりに答える仇夂に、面を食らう小鳥遊。



「……まったく、変な自信、持たないで下さいよ。付き合うのも面倒なんで。」



「面倒とはなんだよ。」



「ちょ、肩なんか組まないで下さいよ。」



憎まれ口を叩きながらも、仇夂の優しさは理解しているらしく、その言葉に刺々しさは無い。


仇夂もそれを分かっているのか、その顔は嬉しそうに少しにやけている。




廊下を歩く2人の雰囲気は、今朝よりも優しいものになっていた。

「病院に行ってきましたが、まだ薙晶の意識は戻っていませんでした。」



仇夂と小鳥遊が病院へ赴くと、朔渕とは別の秘書が待機していた。


その秘書によるとビルの植え込みがクッションとなり即死ではないものの、運び込まれた時は意識不明の重体であった。



「今は落ち着いてるようですけど。…娘が意識不明だっていうのにあの両親……」



小鳥遊が苛つくのも無理はない。


警視庁での一悶着の後、清憲達は病院には戻らず会社に戻って仕事をしているらしい。



「マスコミに見せる顔と別人だよな、あれは。猫かぶりもあそこまでやると呆れを通り越して感心するぜ。俺、冷宝グループの菓子、結構気に入ってたのにな。」



そう言う我黏の傍らには、薙晶が発案した新作の飴、クリスタルがあった。


四葉のクローバー型の半透明の小さい飴。


一つ一つ個別包装になっていて、赤や水色・緑・黄色など色によって味が違う。


薙晶が会見で発表した名前の由来である宝石みたいな半透明さが、可愛いもの好きな女子中高生を中心に広まり、今や我黏のような中高年層までに浸透している人気ぶりだ。

「我黏……。お前の趣味はどうでもいいんだよ。そんなことより、所轄に行ったんだよな?犯人に繋がるようなもん見つかったか?」



「いえ、何も。あのビルは廃ビルで、ちょっと前までは不良の溜まり場だったみたいなんですけど、警ら対象になって今では、殆ど誰も寄り付かなくなっていたようです。目撃者も今のところ見つかっていません。第一発見者の新聞配達員も、配達途中偶然発見したそうです。」



第一発見者が勤める新聞社の配達ルートに決まりはなく、配達する本人に任せているとの事だ。

薙晶が一命を取りとめたのは、転落してから発見されるまでの時間が短かったから。

本当に偶然の奇跡である。



叫び声を聞いたという証言も近所の住民からあったが、また不良が騒いでいるだけだろうと気にも留めていなかったようだ。


屋上にあった指紋や足跡は多数あった為、特定は不可能だった。



「そうか……薙晶の意識が戻ればなぁ…」



清憲の、あの迫力のある剣幕で圧力があったのか、所轄も発見されてから数時間でかなり調べたようだが、目立った成果は無い。



報告している小鳥遊も、聞いた厠餉乘も、落胆ぶりはかなりのものだ。

「厠餉乘くんと我黏くんは、浅雛の周辺だったわよね。」



「はい。浅雛の経歴辿ってみたんですけど…」



「どうかしたの?」



言い淀む我黏に、假躍は不思議に思う。



「あいつ、サラッと言ってましたけど、結構壮絶ですよ。」



浅雛の過去を調べるにあたってまずは家族からと思い、浅雛の両親の事故について聞こうと所轄を訪ねた。



「浅雛の両親の死亡原因、厳密に言うと事故じゃなかったんですよ。」



今から丁度20年前、浅雛が8歳の時の出来事。


当時の担当刑事と調書によると、学校から帰ってきた浅雛が工場に隣接している事務所で血まみれで倒れている両親を発見。


その後、浅雛を呼びに来た薙晶が清憲に言ったことで通報に至った。



「死亡原因は、父親の蝓兵が包丁でメッタ刺しにされたことによる出血死、母親の郁榎が棚に飾っていたと思われる花瓶が頭に当たったことによる脳挫傷でした。ただ、郁榎より蝓兵の方が先に死亡していたことが司法解剖で明らかになっています。」

「それって事故じゃなくて殺人じゃないですか?それに何で死亡した順番が関係あるんですか?」



我黏の報告に、仇夂は刑事なら当たり前に浮かぶことと疑問を口にした。



「実は、蝓兵と郁榎の夫婦仲は良くなかったんだよ。表向きは仲良さげにしてたみたいだが、酒が入ると暴れていたらしい。アパートの住人も知っていたようだが、清憲の手前、相談所に通報出来なかったんだと。郁榎の方も否定してたようだしな。」



蝓兵の酒乱は近所では有名だった。

しかし、浅雛と薙晶が同級生の為、他の工場より頻繁に清憲や腹心である朔渕が訪れるので滅多なことは言えなかった。



「んだよ、それ……」



高校時代、自分が見てきたものと同じ、自分の身可愛さに権力には逆らえない弱者。


だが、結局何も出来なかった己も同じだと小鳥遊は心の中で自嘲する。



「その時、浅雛はどうしていたの?」



事件当時、僅か8歳の少女だった浅雛のことが、同じ女性として假躍は気になる。