「取りあえずはこのくらいで大丈夫かな?」

「ありがとう。本当に助かったよ」


 時の流れというものは速いもので、あっという間に二年が経ち、私は大学を卒業した。

 四月からはミュージカル科のある専門学校へ入学する。
 春休みに入って上京をして、今日は佳くんと一緒に、引っ越しの後片づけをしていた。


「気にしないで。向かいのアパートなんだし、これからは遠慮しないで僕を呼び出してよ」

「佳くんが近所に住んでるなんて、何だか変な感じがする」


 佳くんは今、アルバイトをしながら、二年前に入団した劇団で頑張っている。
 まだエキストラのような役ばかりみたいだけれど、それでも楽しいよと言いながら、上を目指して日々努力しているようだ。

 私も、母との約束の四年間は、佳くんに負けないくらいに、がむしゃらにやるつもりでいる。

 その後の事は、またその時に考えればいい。

 今はただ、目の前の事を。
 他の事に気を取られている暇はないのだ。


「あ……」


 佳くんの視線が、私の後ろへと移動した。
 それを追うように、私もそちらへ視線をやる。

 ひらり、と開け放っていた窓から、桜の花びらが舞い込んでいた。


「この部屋、桜の木が近かったんだね」

「そうなの。部屋に居てもお花見が出来るんだよ。いいでしょ」

「いいなぁ。僕も螢の部屋でお花見したい」


 そう言いながら、佳くんが私のすぐ近くまで歩み寄る。


「どうして? 公園でお花見したじゃない。部屋の中から見るよりも、やっぱり公園で見た方が綺麗だったよ?」

「確かにそうかもしれないけれど、僕は螢と二人きりがいいって言っているんだよ。そこを分かってほしかったな」


 佳くんの手が、私の頬を優しく撫でた。


「ああ、うん、ごめん……」

「駄目、許さないよ?」


 佳くんが悪戯っ子のように微笑んだ。


「実は僕、夜桜ってあまりよく見たことがないんだ」

「夜桜?」

「そう。だから、今夜までこの部屋にお邪魔してるね」

「よ、夜まで、ここに!?」

「そう、だから――」


 佳くんの手が、私の頬から顎へとすべる。