◆
落花流水のごとく
◆
次の日の放課後、帰る前に話があるといって和咲は悠晴を呼び出した。
「は、話ってなに?」
昨日藍から聞いてみると言われたので、そのことだと思いながらも一応聞いてみる。
「藍姉になんであんなこと言ったの?」
やっぱり、と悠晴は確信し覚悟を決めて話始める。
「もっと知って欲しかったんだ。学校以外のこと。」
「木山がそこまで気にしてくれる理由が分からないんだけど。」
和咲は怪訝な顔だ。
「ずっと思ってたことなんだ。でも一緒に帰るようになって、話して余計にそう思った。萩野は周りを気にしすぎだって。」
校長との会話を聞いてしまってからずっと引っかかっていたことだった。
◆
「私が何かして倒れでもしたら、この間みたいに皆に迷惑がかかる。私は生きて学校に通えているだけで幸せだから。他に何もいらない、望んじゃいけない。迷惑なんてかけたくない!」
そう言う和咲に悠晴も黙っていられなかった。
「心配はするけど、そんなの迷惑だなんて思わない!俺だって、学校の奴だって、藍さんだって思わない!俺はあの時みたいに笑って欲しいんだ。萩野のこと、ずっと前から好きだから!」
「…………え?」
好き、と言われて固まる和咲。
「去年、学校の側の公園で小学生が転んで怪我したのを手当てしてるところ見たんだ。その時の笑ってる顔が頭から離れなくってさ。」
和咲には思い当たる節があった。たまたま帰りがけに遭遇してしまって放っておけなかったのだ。
悠晴は深呼吸をして和咲を真っ直ぐ見る。
「その時から萩野が好きです。俺と付き合って下さい!」
◆
「……そんなこと急に言われても………」
「だ、だよな。返事すぐじゃなくていいから。」
焦って訂正する悠晴には俯いていて和咲の表情は見えない。
和咲の頭の中には、昨日の藍達の泣きそうな顔が蘇る。
「それに、あんな余計なこと……放っておいてよ、迷惑なの。藍姉達にあんな顔させたくなかったのに……!!」
「え?あ、ちょ…萩野っ!」
自分の気持ちを吐き出す様に和咲は言うと、悠晴の呼ぶ声も無視してその場からいなくなってしまう。
悠晴は和咲の頬に流れる涙を見てしまって、追いかけることが出来なかった。
◆
「はぁ~……」
あれから3日、和咲と悠晴は別々に帰っている。
というより、悠晴が話しかけようにも和咲が意図的に避けている為か挨拶すら出来ていなかった。
「はぁ~……」
「……。あのさ、ずっと我慢してたんだけどその溜め息、そろそろ止めてくれない?僕の幸せまで逃げていきそうだから。」
「え?俺、溜め息なんてついてた?」
「自覚無しかよ!さすがの俺でも限界だぜ。萩野になにしたんだよ?」
「な、なんで分かんだよ。」
「それも自覚無しかよ!」
溜め息もその原因も2人には分かりやすいぐらい見え見えな態度をとっているにも関わらず、悠晴には自覚が無かったらしい。
◆
「萩野さん、あからさまに悠晴のこと避けてるしね。まぁ気付いてないの2人ぐらいだよ。クラスというか、先生達すら知ってるし。」
「はっ?なんで!?」
まさかの知れ渡りぶりに悠晴は驚く。
「だ・か・ら、態度があからさまなんだよ。陽でも気付くぐらいだからね。」
「それ、どーゆー意味だよ!」
「どうどう。僕がお膳立てしてもいいけど、どうする?呼び出すぐらいは出来るけど?」
「え?あぁ………」
◆
「どうしてこうなったかは知らないけど、話しなきゃどうにもならないと思うけど?」
お節介だとは思いつつも、これ以上落ち込まれ続けても困るので風馬は提案する。
「明後日終業式だしさ、このまま夏休みとか辛くね?」
確かに陽の言う通り、このまま夏休みを迎えたくは無かった。
「………。風馬、いいか?」
自分では会うことすら出来ない状況なので、悠晴は風馬に頼むことにした。
「オーケー。じゃあ明日の放課後な。」
◆
一方和咲は、3日経っても自分の気持ちに整理が付かなくて悠晴を避け続けていた。
――俺と一緒に帰って欲しいんだけど
――行ったことないなら一緒に行こうぜ?
――したいこととかねぇの?
――もっと知って欲しかったんだ。
一人の帰り道、思い出すのは悠晴の言葉ばかり。
悠晴と一緒に帰りたいと思ったのは。
心の内を初めて言うことが出来たのは。
――俺はあの時みたいに笑って欲しいんだ。
――萩野が好きです。
悠晴の真剣な顔が離れなかった。
◆
「和咲姉、ちょっといい?」
帰ってきて早々、七穂に大部屋へ連れていかれた。
そこには、雷をはじめとした皆が勢揃いしていて、和咲は何事かと思う。
「どうしたの?」
「和咲、これ。」
座らされたと思ったら、少し大きな包みを渡される。
「なにこれ?」
「開けてみて。」
藍に促されて包みを開ける。
「これ………」
包みの中は、牡丹柄の薄紫色の綺麗な浴衣だった。
「皆からのプレゼントよ。」
「プレゼントって…」
今日は、誕生日でも記念日でもない。
「お祭り、行ってきてよ!悠晴さんに誘われてるんでしょ。」
「七穂、なんで知ってるの?」
◆
「この間、聞いちゃったんだ。それで皆に相談したの。」
藍を探しに行って和咲達の会話を聞いてしまった七穂は、和咲にもお祭りに行って欲しいと思ったのだ。
「行って来いよ!」
「そうだぜ、和咲姉!」
一護と五楼も後押しする。
「「デート、デート!!」」
「でーと?」
「悠晴兄とデート!」
八雲と九雲が言うと、意味が分からない六香は首をかしげ、意味が分かる二葉は嬉しそうに言う。
「確かに。デートしてきなさい。」
「そうよ、いい機会だしね。」
「小夜、十環来……目的変わってるから。でも行っておいで。」
デートを強調する2人に四朗は苦笑する。
◆
「和咲はいつも僕達のことを優先してくれている。それはとても嬉しいことだ。」
「だけどね、私達だって和咲の喜ぶことをしたいのよ。」
雷も霞も笑顔で頷いている。
「みんな………」
あの話が、まさかここまで大きくなっているとは思っていなかった和咲は驚きを隠せない。
「和咲、昨日も言ったけど私達は家族なの。家族の喜ぶことをしたいの。喜ぶ顔が見たいの。」
「藍姉……」
◆
「叶えられるかは別問題だけど、我が儘だって言って欲しい。出来ることなら全力でするわ。今みたいにね。」
この前の泣きそうな顔とは違い、ここに来た時みたいな自分の全てを受け入れてくれる様な優しい笑顔で藍は和咲に言う。
「心配かけないようにしていたのに、逆に心配かけてたみたいだね。」
自分の行動が真逆の結果になっていたことに今更ながら気付く。
「私………お祭り行きたい。浴衣も着てみたい。」
『家族』の顔を見ながら和咲は微笑む。
「ありがとう。」
背伸びした気持ちが初めて
『等身大』になれた気がした。
◆
次の日の放課後、悠晴は和咲に呼び出され驚いた。
風馬と陽は、よかったじゃん、頑張れよ~お邪魔虫は退散――なんて帰っていった。
だけど、これでとりあえず話が出来ると安堵する。
「萩野?」
人気の無いところまで来て立ち止まったと思ったら、和咲は向こうをむいたまま。
「………萩野?」
問いかけても返事がないので、とりあえずもう一度呼んでみる。
「木山、ごめん。」
「へ?えっ?あ、頭あげろよ。いきなりどうしたんだよ。」
突然こちらを向いたと思ったら、頭を下げて謝る和咲に悠晴は焦る。
「この前木山に酷いこと言ったから……」
◆
「あ、あれは俺の方こそ、萩野の気持ち考えずに言ってごめん。」
「ううん、木山は私のこと考えてくれたからだし。ほんとごめん。」
「いや、園までおしかけちゃったし…藍さんにまで…ごめん。」
「「…………。」」
「ふふっ、謝ってばっかり。」
「だな。」
終わりが見えない謝り合戦に思わず笑いがこぼれる。
「浴衣、園の皆にプレゼントしてもらったの。」
「よかったじゃん。やっぱり皆萩野とお祭り行きたかったんだよ。」
「あ…、そうじゃなくて……」
これで和咲にもお祭りを楽しんでもらえる、と喜ぶ悠晴だが、なにか違うらしい。
◆
「皆と、じゃなくって、木山と行っておいでって。ついでに花火も間近で見てこいって。」
「へ?俺と?」
確かに、お祭りも花火も提案したのは自分だし、一緒に行けたら……と一人妄想していた。
だけど、行くことになったら園の皆と行きたいだろうし、今回は諦めようと思っていた悠晴は、なんとも間抜けな顔で返事をする。
「木山が迷惑じゃなかったら、だけど……。木山にも予定あるでしょ、霧谷と藤松とか。いつも一緒にいるし。」
「あ、あいつら(風馬)は他の奴と行くらしいから大丈夫。俺も萩野と行きたい。」
陽も露店を制覇と意気込んでいたから、まぁいいだろうと悠晴は思い込むことにした。
「そう、なら良かった。………あ、あと、返事なんだけど……」
◆
「あ、はいっ!」
自然と背筋が伸びる悠晴。
「私も好きです。こちらこそよろしくお願いします。」
頬を赤く染めながらも、和咲は悠晴の目を真っ直ぐ見て言う。
「………。っしゃ――!!!」
一呼吸置いた後、思わず大声をあげながら悠晴はガッツポーズ。
声の音量が大き過ぎて和咲は固まってしまう。
「あ、悪ぃ………」
「大丈夫、ビックリしただけ。」
そう言う和咲は、あの日公園で見せた顔と同じ。
今は2つに増えた、誰かを想う優しい顔だった。
◆
―――流れる水に
落ちた花が
添ってゆく様に
和咲と悠晴の心も
寄り添い合った―――
◆
感慨無量の情景
◆
翌日の終業式、悠晴は風馬と陽に昨日のことをしつこく聞かれたあげく冷やかされた。
クラスメイトや先生も、2人が一緒にいることで丸わかりらしく、2人を見るその顔はニヤけている。
和咲は言われて答えるものの、特に気にしていない様子。
なんだか悩みの種が増えた様な気がするが、悠晴も諦めることにした。
そして終業式が終われば、待ちに待った夏休みの始まり。
そう、栗花落神社の本祭でもある。
神社の赤い大きな鳥居の前は、絶えずお祭りに行く学生やカップルが行き交っている。
周りに目立った目印がないので、絶好の待ち合わせスポットなのだ。
悠晴も、もちろんこの鳥居の前で待ち合わせである。
浴衣を着てくる和咲に合わせ、白い帯に、亀甲十字の模様があしらわれた黒色の浴衣を着ている。
◆
だが、鳥居の前を行ったり来たりで落ち着かない。
それもそのはず。
約束した時間は午後7時。
現在の時刻は午後6時30分。
遅れない様にと早めに出たのが、結果早すぎたようだ。
因みに、和咲を迎えに行くという発想が悠晴にはなかった。
今まで行ったメンバーの家の方向がバラバラで、待ち合わせをした方が良かったからである。
だが幸いな事に、悠晴は冷やかされるであろう知り合いにはまだ会っていない。
何故なら、神社の出入口は鳥居以外にもあるからだ。
普段は閉まっているいくつかの門がお祭りの時は開いている。
待ち合わせで人通りが特に多くなる正面の鳥居を避けるのは、地元民ならではの知恵。
◆
「木山!」
20分経って和咲が到着する。
「ごめん、待った?藍姉達張り切っちゃって…早めに来たつもりだったんだけど…」
「いや、全然待って……」
悠晴は和咲の浴衣姿に見惚れていた。
藍達にプレゼントしてもらったであろう浴衣に帯は濃い紫色。
髪を結って、濃い赤色の牡丹の簪をさしている。
「木山?」
文章の途中で言葉を切ったまま黙ってしまった悠晴に、呼び掛けるも応答なし。
仕方がないので呼び掛けながら覗き込む。
「木山!」
「うぉっ!!」
声がしたと思ったら和咲のドアップで思わず仰け反る。
「どうしたの?」
まさか悠晴が自分に見惚れているなんて露も知らず、和咲は心配顔。
「な、何でもない。行こう。」
◆
鳥居をくぐり階段を30ほど登ると、普段は御神籤や絵馬・お守りなどの為の少し横長に開けた場所。
今そこは露店がひしめき合っている。
奥にまた50ほどの階段があり、登ると境内がある。
先程のいくつかある地元民には通用口となっている小道を、悠晴達も歩いていく。
風は上から下に中央の階段を吹き抜けるので、小道には煙もこず絶好の道である。
一旦、人の少ない境内まできて隅っこに持ってきたレジャーシートを敷く。
「とりあえずなんか食おうか?何食いたい?」
夕食系は、焼きそば・たこ焼き
軽食系は、フランクフルト・唐揚げ・焼き鳥・トウモロコシ・イカ焼き・プライドポテト
おやつ系は、チョコバナナ・クレープ・リンゴ飴・ベビーカステラ・たい焼き・綿菓子・かき氷
同じ種類の露店は無いがレパートリーは豊富である。
◆
「たこ焼きとフランクフルトが食べたい。」
「オッケー。買ってくるからちょっと待ってて。」
10分程で悠晴は戻ってきた。
両手には和咲のものとお茶以外に、焼きそばと唐揚げ・イカ焼きにトウモロコシがあった。
「お待たせ。俺が食いたいもの買ってきたから、萩野も食いたいものあったら言って。」
「ありがと。」
どれも出来立てで温かく、家で作った時よりもなんだか美味しいと和咲は食べながら思う。
「あ~美味かった。いつもより食べた気がする。」
「うん。美味しかった。」
結局、和咲は頼んだもの以外も食べたので、ほぼ半分こした状態だった。
悠晴も一人で食べれない量、つまり和咲が食べる前提で買ってきたので丁度良かったのだが。
◆
それから2人は、風向きに注意しながらも腹ごなしとばかりに露店を回る。
金魚は飼えないので、スーパーボールすくいに挑戦。
和咲は器用に20個ほどすくい、お土産が出来たと喜ぶ。
次に射的の露店に行くと、何やら人だかり。しかも女子ばかり。
悠晴は嫌な予感がした。
「あ、霧谷。」
「やあ、萩野さん。それと悠晴。」
「やっぱりお前か、風馬。」
予感は当たり、囲まれていたのは刺子縞の濃い青の浴衣に紺の帯を締めた風馬だった。
「彼女達にせがまれてね。」
見たことがある顔もいれば、見たことがない顔もいる。
「ったく…。手当たり次第は程々にしろよ。」
「忠告ありがと。悠晴も楽しそうで何より。僕はもう終わったから譲るよ。さぁ行こうか、ハニー達!」
10人以上の大所帯で連れ立っていった。
◆
「霧谷って、どこにいてもすぐ見つかりそうだね。」
「あ、あぁ…。女子の人だかり探せば大抵いるからな。」
和咲の着眼点は少しずれているのだった。
「兄ちゃん、1回やっていくかい?」
「あー、萩野なんか欲しいもんある?」
悠晴に言われ、和咲は景品を見る。
「あのクマのぬいぐるみ。」
和咲が指差したのは、手のひらサイズの首には赤いリボンが付いた可愛らしい茶色のテディベア。
「オッケー!」
「ほい、兄ちゃん頑張って!」
店主から、銃と弾のコルク5個を受け取る。
1発目、右に大きく逸れた。
2発目、今度は左に少し逸れた。
3発目、クマに当たるも下過ぎて跳ね返された。
4発目、真ん中に当たり少し後ろに動いた。
最後の5発目、クマの顔に当たり落とした。
◆
「ほいよ。兄ちゃん上手いね~男だね~」
「ありがとう。」
おだてまくる店主に苦笑する。
「はい。」
「ありがと。大事にする。」
ぬいぐるみを見つめながら微笑む和咲。
それを見て(落とせて良かった)と胸を撫で下ろす悠晴。
射的は得意な方で、いつもは2発目ぐらいには落とせている。
だが、和咲がいて緊張していたのか思いのほか弾数がいってしまったのだった。
「あ、萩野さん☆」
喉が渇いたので、かき氷を食べていると楓達に遭遇。
綿菓子を頬張っている楓は、蝶が舞っている緑色の浴衣に黄緑の帯と個性的。
リンゴ飴を食べている桃歌は、濃いピンクに薔薇模様の浴衣に薄いピンクの帯、桜の簪と可愛らしく。
クレープを持っている葵は、芍薬が描かれた水色の浴衣に黄色の帯とクールに。
◆
「くじ引きもうした?」
「ううん。まだしてない。」
「絶対した方がいいわよ。景品結構良いのあったし、ハズレでも露店の割引券50円分くれるから。」
「ありがと。行ってみる。」
「じゃあねー☆」
和咲にだけ話しかけて行ってしまった。
「あいつら、完全に俺のこと無視しやがって…」
怒れる悠晴に、和咲は苦笑い。
目線を悠晴の奥に移すと、見知った顔を見つける。
「木山、あれ…」
「うん?」
和咲が指差す先には、小さいベンチに座り露店の全てであろう食べ物に囲まれている陽がいた。
今はたい焼きを食べている真っ最中。
特撮のお面を頭に被っているものの、服装はTシャツに半パンと普段着。
普段着なのは、浴衣だと帯を締めるのでたくさん食べれないから。
因みに去年も同じ理由で普段着だった。
◆
周りを通る人達は、子供みたいに食べまくる陽のことを見てクスクス笑っている。
「み、見なかったことにしよう。くじ引きだっけ?行こっか。」
陽の知り合いと思われたく無かったので、見つからない様に移動する。
くじ引きの露店に来た2人は、なるほど、葵が言うだけあって景品は豪華だった。
お馴染みのゲームにアクセサリー・人形などのオモチャ
更には、温泉旅行・家電製品・ブランドの小物まであった。
「まるで、商店街の福引きだな。」
「そうだね。豪華といえば豪華の部類…かな?」
景品の豪華さが大人向けで、子供より大人が喜びそうである。
まぁ豪華さはともかく、ハズレでも割引券ということなので2人は引いてみた。
◆
「「あ……。」」
和咲は青い石の入った金の指輪
悠晴は赤い石の入った銀の指輪
「お兄ちゃん達仲が良いね~いっちょ指輪交換といくか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
大声で冷やかす店主の目から逃れる様に、悠晴は和咲の手を引いて小道に逃げ込んだ。
「あんなに大声出さなくったって聞こえるつーの。」
第一指輪交換ってなんだよ…結婚式じゃねぇんだよ、と悠晴は小声でぶつくさ言っている。
「(指輪交換……)」
その間和咲は何やら思案中。
「あ、悪ぃ……手、引っ張っちまった……」
トリップした頭が戻ってくると、いまだに手を握りっぱなしな事に気付く。
「別に大丈夫。…ねぇ木山」
「うん?」
「交換、しない?」
◆
「え?こ、交換って指輪?」
「うん。ダメ?」
本物はまだ出来ないから予行演習…、とさっきから和咲は考えていた。
「ダ、ダメじゃない!」
まさか和咲の方から言うとは悠晴は思わなかった。
しかも、頭を軽く横に傾けて言うものだから、悠晴に断るなんて選択肢などなかった。
「はい。」
悠晴は、和咲から指輪を受けとり指にはめる。
もちろん左手の薬指に。
指輪を眺めていると、付き合っているんだと実感が湧いてくる。
ちらりと和咲を見ると、悠晴と同じく左手の薬指にはめた指輪を見つめている。
その横顔はとても嬉しそうに笑っていた。
◆
露店を回り終えて再び境内に戻ってきた。
後10分、つまり午後9時から花火が始まるからだ。
さっきレジャーシートを敷いた反対側の境内の奥には、救護所を兼ねた案内所のテントがある。
忙しく動き回るスタッフの中に見知った顔をまた見つけた。
「雨島に蓮見先生発見!」
「だから先生を付けろと言ってるだろうが!って何で蓮見先生には付けるんだ…!」
今年の見回り要員(本部担当)は雨島となずなだった。
「木山くんに萩野さん。2人とも浴衣とっても似合ってるよ!」
「ありがとうございます。」
◆
「なんだお前ら、下で見ないのか?」
神社は横から見ると雷のマークの様に段々になっている。
花火を打ち上げる場所は、鳥居の真向かいの方向にある池。
露店が並ぶ所の高さが一番見やすいし真正面に見える。
一方、境内は上に行き過ぎて見えなくはないが、見やすくもない。
境内よりは、鳥居と少し被るが露店より下にいった方がいい。
なので花火の時間帯、境内は特に人が少ない。
「ここでいいんだよ。」
和咲をちら見して言う悠晴に、雨島となずなは合点がいく。
人もそれほどおらず露店の煙もない、だけど花火は見れる。
和咲のことを考えた悠晴のベストポジションである。
◆
「雨島先生、蓮見先生!ちょっと来てくださーい!!」
「おっと、戻らなきゃな。じゃ存分に楽しめよ、お二人さん。」
「花火楽しんでね。」
スタッフに呼ばれて2人はテントに戻っていく。
「上手くいってるみたいですね。」
「ったく…オモチャとはいえ、指輪なんてまだ早ぇんだよ。」
何だかんだ言いながらも、生徒のことは何でも気になる2人であった。
『ただ今より花火の打ち上げを開始いたします。夜空に咲く色とりどりの花をご堪能ください。』
時計の針が9を指し、アナウンスが流れる。
◆
ピュゥゥゥ――――――………
ド――――――――――ン
ヒュ――― ヒュ―――
ドン
ドン
ヒュ――――――
ド―――――――ン
◆
次々と花火が打ち上がる。
種類はお馴染みの仕掛け花火の他に、星やハート・ニコニコマークの変わり種まで様々だ。
夜空に咲く度に、下からは歓声が聞こえる。
「毎年見てるけど、今年のは特にすごい…」
隣の和咲に話しかけようとして悠晴は口をつぐむ。
初めて見る花火に和咲は釘付け。
横を向いていても分かるほどにその顔は輝き楽しそうだ。
心の中を映したかの様に指輪も煌めいている。
それを悠晴は目を細め思う。
―――良かった、と。
この空間に、和咲が居て。
この景色を、和咲と見れて。
そして何より、和咲の隣に居ることが出来て。
一度だけゆっくりと瞬きをして、光景を焼き付けた。
そして目線を戻し、悠晴も花火を楽しんだ。
◆
天衣無縫の想い
◆
メインの花火が終わると本祭もいよいよ終盤。
ほとんどの祭り客が帰ってゆき、露店も店じまいとばかりに値下げやおまけを始める。
小道を通って帰路につく悠晴と和咲は、途中休憩を兼ねて公園へ寄る。
ベンチに座り、帰り際に露店で買ったベビーカステラを2人で食べる。
「今日はありがと。色んなものが見れたし出来た。それにとっても楽しかった。」
「良かった。俺も楽しかった。」
そう笑顔で言う和咲に、悠晴も笑顔になる。
「ここで私を見たんだよね。」
公園を見つめる和咲。
そうここは、悠晴が和咲に一目惚れしたきっかけの公園だ。
◆
「あーうん。あの時はこうなるなんて思ってなかったけど。」
「私も。」
今までの出来事を思い出して2人は笑う。
話しかけることさえ難しかった悠晴。
他人と距離を置いていた和咲。
交わりそうで交わらなかった2人を結びつけたのは、お節介と温かさを兼ね備えた周りの人達だ。
「高校に行けるって分かった時とっても嬉しかった。だから、それだけで良いと思ってた。」
空を見上げ独り言の様に和咲は話始める。
声のトーンから口を挟まない方がいいかと思い、悠晴は黙って聞くことにした。
◆
「高校生活以上のことを、これ以上のことを望んだらいけない。だって生きてることは幸せなこと。私にとっては特に。」
些細な事でも、大掛かりな準備が必要になってしまう。
そんな迷惑をかけるぐらいなら。
苦労をさせるぐらいなら。
特別なことなんてなくていい。今のままでいいと。
「でも違ってた。それは生きてるんじゃなくて生かされてる、周りに支えられてただ生かされてるだけなんだって。」
思い込もうとしていた幸せは、本来の意味から外れたものになっていた。
◆
「そんな簡単なことさえ分からなかった。分からなくなってた。」
生きているから、
学校に通っているから、
だから幸せ、じゃない。
そんな単純じゃない。
でも、きっと難しくもないはず。
だって和咲と悠晴の答えが違ったように、答えは1つじゃない。
いや、むしろ明確な答えなんて無いだろう。
目で見ることが出来ない感情の領域。
本人が幸せだと感じれば、それが幸せになるのだから。
◆
「でも、気付けた。藍姉達にも本音言えた。木山のおかげだよ。ありがと。」
「萩野…」
そう言って悠晴を見る和咲は、肩の荷が下りたような表情だ。
「俺はただ知って欲しかったから。だけど、そう思ってくれてるならすっげぇ嬉しい。」
好きな子の為に何か出来たことが。
「それでね、前に言ってたプラネタリウム…行ってみたい。」
「え?」
「星、ベガとアルタイルを見たいなって。木山と見たいなって。」
一回断っといてあれだけど…、と和咲は言う。
◆
「いや全然。大丈夫だから!行こ!」
遠慮がちに言われた言葉は、とても嬉しいもので間髪を入れず答える。
「良かった。」
悠晴の言葉に和咲はホッとしたように微笑む。
「夏休みだしさ、これから色んなとこ行こうぜ。」
海に、山に、行きたいところはたくさんある。
「うん!行きたい。」
2人で。
慣れたら家族と友達とも行ってみたい。
まずはプラネタリウムで、それから…なんて次から次へとやりたいことや行きたいところがあふれ出てくる。
そんな遠くない未来の話をする2人の顔は、とても生き生きとしていたのだった。
◆
千紫万紅に染まる
◆
―――千紫万紅(センシバンコウ)
それは、色とりどりの花が咲き乱れること
イエローは喜び?
レッドは怒り?
ブルーは哀しみ?
グリーンは楽しさ?
ブラックは苦しみ?
君と出逢い、これまでの過去が、色鮮やかに彩られてゆく。
これから先の未来は、何色に染まるのだろうか?
君と2人、大切な人達と共に
様々な景色を見てゆこう―――
落花流水のごとく
◆
次の日の放課後、帰る前に話があるといって和咲は悠晴を呼び出した。
「は、話ってなに?」
昨日藍から聞いてみると言われたので、そのことだと思いながらも一応聞いてみる。
「藍姉になんであんなこと言ったの?」
やっぱり、と悠晴は確信し覚悟を決めて話始める。
「もっと知って欲しかったんだ。学校以外のこと。」
「木山がそこまで気にしてくれる理由が分からないんだけど。」
和咲は怪訝な顔だ。
「ずっと思ってたことなんだ。でも一緒に帰るようになって、話して余計にそう思った。萩野は周りを気にしすぎだって。」
校長との会話を聞いてしまってからずっと引っかかっていたことだった。
◆
「私が何かして倒れでもしたら、この間みたいに皆に迷惑がかかる。私は生きて学校に通えているだけで幸せだから。他に何もいらない、望んじゃいけない。迷惑なんてかけたくない!」
そう言う和咲に悠晴も黙っていられなかった。
「心配はするけど、そんなの迷惑だなんて思わない!俺だって、学校の奴だって、藍さんだって思わない!俺はあの時みたいに笑って欲しいんだ。萩野のこと、ずっと前から好きだから!」
「…………え?」
好き、と言われて固まる和咲。
「去年、学校の側の公園で小学生が転んで怪我したのを手当てしてるところ見たんだ。その時の笑ってる顔が頭から離れなくってさ。」
和咲には思い当たる節があった。たまたま帰りがけに遭遇してしまって放っておけなかったのだ。
悠晴は深呼吸をして和咲を真っ直ぐ見る。
「その時から萩野が好きです。俺と付き合って下さい!」
◆
「……そんなこと急に言われても………」
「だ、だよな。返事すぐじゃなくていいから。」
焦って訂正する悠晴には俯いていて和咲の表情は見えない。
和咲の頭の中には、昨日の藍達の泣きそうな顔が蘇る。
「それに、あんな余計なこと……放っておいてよ、迷惑なの。藍姉達にあんな顔させたくなかったのに……!!」
「え?あ、ちょ…萩野っ!」
自分の気持ちを吐き出す様に和咲は言うと、悠晴の呼ぶ声も無視してその場からいなくなってしまう。
悠晴は和咲の頬に流れる涙を見てしまって、追いかけることが出来なかった。
◆
「はぁ~……」
あれから3日、和咲と悠晴は別々に帰っている。
というより、悠晴が話しかけようにも和咲が意図的に避けている為か挨拶すら出来ていなかった。
「はぁ~……」
「……。あのさ、ずっと我慢してたんだけどその溜め息、そろそろ止めてくれない?僕の幸せまで逃げていきそうだから。」
「え?俺、溜め息なんてついてた?」
「自覚無しかよ!さすがの俺でも限界だぜ。萩野になにしたんだよ?」
「な、なんで分かんだよ。」
「それも自覚無しかよ!」
溜め息もその原因も2人には分かりやすいぐらい見え見えな態度をとっているにも関わらず、悠晴には自覚が無かったらしい。
◆
「萩野さん、あからさまに悠晴のこと避けてるしね。まぁ気付いてないの2人ぐらいだよ。クラスというか、先生達すら知ってるし。」
「はっ?なんで!?」
まさかの知れ渡りぶりに悠晴は驚く。
「だ・か・ら、態度があからさまなんだよ。陽でも気付くぐらいだからね。」
「それ、どーゆー意味だよ!」
「どうどう。僕がお膳立てしてもいいけど、どうする?呼び出すぐらいは出来るけど?」
「え?あぁ………」
◆
「どうしてこうなったかは知らないけど、話しなきゃどうにもならないと思うけど?」
お節介だとは思いつつも、これ以上落ち込まれ続けても困るので風馬は提案する。
「明後日終業式だしさ、このまま夏休みとか辛くね?」
確かに陽の言う通り、このまま夏休みを迎えたくは無かった。
「………。風馬、いいか?」
自分では会うことすら出来ない状況なので、悠晴は風馬に頼むことにした。
「オーケー。じゃあ明日の放課後な。」
◆
一方和咲は、3日経っても自分の気持ちに整理が付かなくて悠晴を避け続けていた。
――俺と一緒に帰って欲しいんだけど
――行ったことないなら一緒に行こうぜ?
――したいこととかねぇの?
――もっと知って欲しかったんだ。
一人の帰り道、思い出すのは悠晴の言葉ばかり。
悠晴と一緒に帰りたいと思ったのは。
心の内を初めて言うことが出来たのは。
――俺はあの時みたいに笑って欲しいんだ。
――萩野が好きです。
悠晴の真剣な顔が離れなかった。
◆
「和咲姉、ちょっといい?」
帰ってきて早々、七穂に大部屋へ連れていかれた。
そこには、雷をはじめとした皆が勢揃いしていて、和咲は何事かと思う。
「どうしたの?」
「和咲、これ。」
座らされたと思ったら、少し大きな包みを渡される。
「なにこれ?」
「開けてみて。」
藍に促されて包みを開ける。
「これ………」
包みの中は、牡丹柄の薄紫色の綺麗な浴衣だった。
「皆からのプレゼントよ。」
「プレゼントって…」
今日は、誕生日でも記念日でもない。
「お祭り、行ってきてよ!悠晴さんに誘われてるんでしょ。」
「七穂、なんで知ってるの?」
◆
「この間、聞いちゃったんだ。それで皆に相談したの。」
藍を探しに行って和咲達の会話を聞いてしまった七穂は、和咲にもお祭りに行って欲しいと思ったのだ。
「行って来いよ!」
「そうだぜ、和咲姉!」
一護と五楼も後押しする。
「「デート、デート!!」」
「でーと?」
「悠晴兄とデート!」
八雲と九雲が言うと、意味が分からない六香は首をかしげ、意味が分かる二葉は嬉しそうに言う。
「確かに。デートしてきなさい。」
「そうよ、いい機会だしね。」
「小夜、十環来……目的変わってるから。でも行っておいで。」
デートを強調する2人に四朗は苦笑する。
◆
「和咲はいつも僕達のことを優先してくれている。それはとても嬉しいことだ。」
「だけどね、私達だって和咲の喜ぶことをしたいのよ。」
雷も霞も笑顔で頷いている。
「みんな………」
あの話が、まさかここまで大きくなっているとは思っていなかった和咲は驚きを隠せない。
「和咲、昨日も言ったけど私達は家族なの。家族の喜ぶことをしたいの。喜ぶ顔が見たいの。」
「藍姉……」
◆
「叶えられるかは別問題だけど、我が儘だって言って欲しい。出来ることなら全力でするわ。今みたいにね。」
この前の泣きそうな顔とは違い、ここに来た時みたいな自分の全てを受け入れてくれる様な優しい笑顔で藍は和咲に言う。
「心配かけないようにしていたのに、逆に心配かけてたみたいだね。」
自分の行動が真逆の結果になっていたことに今更ながら気付く。
「私………お祭り行きたい。浴衣も着てみたい。」
『家族』の顔を見ながら和咲は微笑む。
「ありがとう。」
背伸びした気持ちが初めて
『等身大』になれた気がした。
◆
次の日の放課後、悠晴は和咲に呼び出され驚いた。
風馬と陽は、よかったじゃん、頑張れよ~お邪魔虫は退散――なんて帰っていった。
だけど、これでとりあえず話が出来ると安堵する。
「萩野?」
人気の無いところまで来て立ち止まったと思ったら、和咲は向こうをむいたまま。
「………萩野?」
問いかけても返事がないので、とりあえずもう一度呼んでみる。
「木山、ごめん。」
「へ?えっ?あ、頭あげろよ。いきなりどうしたんだよ。」
突然こちらを向いたと思ったら、頭を下げて謝る和咲に悠晴は焦る。
「この前木山に酷いこと言ったから……」
◆
「あ、あれは俺の方こそ、萩野の気持ち考えずに言ってごめん。」
「ううん、木山は私のこと考えてくれたからだし。ほんとごめん。」
「いや、園までおしかけちゃったし…藍さんにまで…ごめん。」
「「…………。」」
「ふふっ、謝ってばっかり。」
「だな。」
終わりが見えない謝り合戦に思わず笑いがこぼれる。
「浴衣、園の皆にプレゼントしてもらったの。」
「よかったじゃん。やっぱり皆萩野とお祭り行きたかったんだよ。」
「あ…、そうじゃなくて……」
これで和咲にもお祭りを楽しんでもらえる、と喜ぶ悠晴だが、なにか違うらしい。
◆
「皆と、じゃなくって、木山と行っておいでって。ついでに花火も間近で見てこいって。」
「へ?俺と?」
確かに、お祭りも花火も提案したのは自分だし、一緒に行けたら……と一人妄想していた。
だけど、行くことになったら園の皆と行きたいだろうし、今回は諦めようと思っていた悠晴は、なんとも間抜けな顔で返事をする。
「木山が迷惑じゃなかったら、だけど……。木山にも予定あるでしょ、霧谷と藤松とか。いつも一緒にいるし。」
「あ、あいつら(風馬)は他の奴と行くらしいから大丈夫。俺も萩野と行きたい。」
陽も露店を制覇と意気込んでいたから、まぁいいだろうと悠晴は思い込むことにした。
「そう、なら良かった。………あ、あと、返事なんだけど……」
◆
「あ、はいっ!」
自然と背筋が伸びる悠晴。
「私も好きです。こちらこそよろしくお願いします。」
頬を赤く染めながらも、和咲は悠晴の目を真っ直ぐ見て言う。
「………。っしゃ――!!!」
一呼吸置いた後、思わず大声をあげながら悠晴はガッツポーズ。
声の音量が大き過ぎて和咲は固まってしまう。
「あ、悪ぃ………」
「大丈夫、ビックリしただけ。」
そう言う和咲は、あの日公園で見せた顔と同じ。
今は2つに増えた、誰かを想う優しい顔だった。
◆
―――流れる水に
落ちた花が
添ってゆく様に
和咲と悠晴の心も
寄り添い合った―――
◆
感慨無量の情景
◆
翌日の終業式、悠晴は風馬と陽に昨日のことをしつこく聞かれたあげく冷やかされた。
クラスメイトや先生も、2人が一緒にいることで丸わかりらしく、2人を見るその顔はニヤけている。
和咲は言われて答えるものの、特に気にしていない様子。
なんだか悩みの種が増えた様な気がするが、悠晴も諦めることにした。
そして終業式が終われば、待ちに待った夏休みの始まり。
そう、栗花落神社の本祭でもある。
神社の赤い大きな鳥居の前は、絶えずお祭りに行く学生やカップルが行き交っている。
周りに目立った目印がないので、絶好の待ち合わせスポットなのだ。
悠晴も、もちろんこの鳥居の前で待ち合わせである。
浴衣を着てくる和咲に合わせ、白い帯に、亀甲十字の模様があしらわれた黒色の浴衣を着ている。
◆
だが、鳥居の前を行ったり来たりで落ち着かない。
それもそのはず。
約束した時間は午後7時。
現在の時刻は午後6時30分。
遅れない様にと早めに出たのが、結果早すぎたようだ。
因みに、和咲を迎えに行くという発想が悠晴にはなかった。
今まで行ったメンバーの家の方向がバラバラで、待ち合わせをした方が良かったからである。
だが幸いな事に、悠晴は冷やかされるであろう知り合いにはまだ会っていない。
何故なら、神社の出入口は鳥居以外にもあるからだ。
普段は閉まっているいくつかの門がお祭りの時は開いている。
待ち合わせで人通りが特に多くなる正面の鳥居を避けるのは、地元民ならではの知恵。
◆
「木山!」
20分経って和咲が到着する。
「ごめん、待った?藍姉達張り切っちゃって…早めに来たつもりだったんだけど…」
「いや、全然待って……」
悠晴は和咲の浴衣姿に見惚れていた。
藍達にプレゼントしてもらったであろう浴衣に帯は濃い紫色。
髪を結って、濃い赤色の牡丹の簪をさしている。
「木山?」
文章の途中で言葉を切ったまま黙ってしまった悠晴に、呼び掛けるも応答なし。
仕方がないので呼び掛けながら覗き込む。
「木山!」
「うぉっ!!」
声がしたと思ったら和咲のドアップで思わず仰け反る。
「どうしたの?」
まさか悠晴が自分に見惚れているなんて露も知らず、和咲は心配顔。
「な、何でもない。行こう。」
◆
鳥居をくぐり階段を30ほど登ると、普段は御神籤や絵馬・お守りなどの為の少し横長に開けた場所。
今そこは露店がひしめき合っている。
奥にまた50ほどの階段があり、登ると境内がある。
先程のいくつかある地元民には通用口となっている小道を、悠晴達も歩いていく。
風は上から下に中央の階段を吹き抜けるので、小道には煙もこず絶好の道である。
一旦、人の少ない境内まできて隅っこに持ってきたレジャーシートを敷く。
「とりあえずなんか食おうか?何食いたい?」
夕食系は、焼きそば・たこ焼き
軽食系は、フランクフルト・唐揚げ・焼き鳥・トウモロコシ・イカ焼き・プライドポテト
おやつ系は、チョコバナナ・クレープ・リンゴ飴・ベビーカステラ・たい焼き・綿菓子・かき氷
同じ種類の露店は無いがレパートリーは豊富である。
◆
「たこ焼きとフランクフルトが食べたい。」
「オッケー。買ってくるからちょっと待ってて。」
10分程で悠晴は戻ってきた。
両手には和咲のものとお茶以外に、焼きそばと唐揚げ・イカ焼きにトウモロコシがあった。
「お待たせ。俺が食いたいもの買ってきたから、萩野も食いたいものあったら言って。」
「ありがと。」
どれも出来立てで温かく、家で作った時よりもなんだか美味しいと和咲は食べながら思う。
「あ~美味かった。いつもより食べた気がする。」
「うん。美味しかった。」
結局、和咲は頼んだもの以外も食べたので、ほぼ半分こした状態だった。
悠晴も一人で食べれない量、つまり和咲が食べる前提で買ってきたので丁度良かったのだが。
◆
それから2人は、風向きに注意しながらも腹ごなしとばかりに露店を回る。
金魚は飼えないので、スーパーボールすくいに挑戦。
和咲は器用に20個ほどすくい、お土産が出来たと喜ぶ。
次に射的の露店に行くと、何やら人だかり。しかも女子ばかり。
悠晴は嫌な予感がした。
「あ、霧谷。」
「やあ、萩野さん。それと悠晴。」
「やっぱりお前か、風馬。」
予感は当たり、囲まれていたのは刺子縞の濃い青の浴衣に紺の帯を締めた風馬だった。
「彼女達にせがまれてね。」
見たことがある顔もいれば、見たことがない顔もいる。
「ったく…。手当たり次第は程々にしろよ。」
「忠告ありがと。悠晴も楽しそうで何より。僕はもう終わったから譲るよ。さぁ行こうか、ハニー達!」
10人以上の大所帯で連れ立っていった。
◆
「霧谷って、どこにいてもすぐ見つかりそうだね。」
「あ、あぁ…。女子の人だかり探せば大抵いるからな。」
和咲の着眼点は少しずれているのだった。
「兄ちゃん、1回やっていくかい?」
「あー、萩野なんか欲しいもんある?」
悠晴に言われ、和咲は景品を見る。
「あのクマのぬいぐるみ。」
和咲が指差したのは、手のひらサイズの首には赤いリボンが付いた可愛らしい茶色のテディベア。
「オッケー!」
「ほい、兄ちゃん頑張って!」
店主から、銃と弾のコルク5個を受け取る。
1発目、右に大きく逸れた。
2発目、今度は左に少し逸れた。
3発目、クマに当たるも下過ぎて跳ね返された。
4発目、真ん中に当たり少し後ろに動いた。
最後の5発目、クマの顔に当たり落とした。
◆
「ほいよ。兄ちゃん上手いね~男だね~」
「ありがとう。」
おだてまくる店主に苦笑する。
「はい。」
「ありがと。大事にする。」
ぬいぐるみを見つめながら微笑む和咲。
それを見て(落とせて良かった)と胸を撫で下ろす悠晴。
射的は得意な方で、いつもは2発目ぐらいには落とせている。
だが、和咲がいて緊張していたのか思いのほか弾数がいってしまったのだった。
「あ、萩野さん☆」
喉が渇いたので、かき氷を食べていると楓達に遭遇。
綿菓子を頬張っている楓は、蝶が舞っている緑色の浴衣に黄緑の帯と個性的。
リンゴ飴を食べている桃歌は、濃いピンクに薔薇模様の浴衣に薄いピンクの帯、桜の簪と可愛らしく。
クレープを持っている葵は、芍薬が描かれた水色の浴衣に黄色の帯とクールに。
◆
「くじ引きもうした?」
「ううん。まだしてない。」
「絶対した方がいいわよ。景品結構良いのあったし、ハズレでも露店の割引券50円分くれるから。」
「ありがと。行ってみる。」
「じゃあねー☆」
和咲にだけ話しかけて行ってしまった。
「あいつら、完全に俺のこと無視しやがって…」
怒れる悠晴に、和咲は苦笑い。
目線を悠晴の奥に移すと、見知った顔を見つける。
「木山、あれ…」
「うん?」
和咲が指差す先には、小さいベンチに座り露店の全てであろう食べ物に囲まれている陽がいた。
今はたい焼きを食べている真っ最中。
特撮のお面を頭に被っているものの、服装はTシャツに半パンと普段着。
普段着なのは、浴衣だと帯を締めるのでたくさん食べれないから。
因みに去年も同じ理由で普段着だった。
◆
周りを通る人達は、子供みたいに食べまくる陽のことを見てクスクス笑っている。
「み、見なかったことにしよう。くじ引きだっけ?行こっか。」
陽の知り合いと思われたく無かったので、見つからない様に移動する。
くじ引きの露店に来た2人は、なるほど、葵が言うだけあって景品は豪華だった。
お馴染みのゲームにアクセサリー・人形などのオモチャ
更には、温泉旅行・家電製品・ブランドの小物まであった。
「まるで、商店街の福引きだな。」
「そうだね。豪華といえば豪華の部類…かな?」
景品の豪華さが大人向けで、子供より大人が喜びそうである。
まぁ豪華さはともかく、ハズレでも割引券ということなので2人は引いてみた。
◆
「「あ……。」」
和咲は青い石の入った金の指輪
悠晴は赤い石の入った銀の指輪
「お兄ちゃん達仲が良いね~いっちょ指輪交換といくか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
大声で冷やかす店主の目から逃れる様に、悠晴は和咲の手を引いて小道に逃げ込んだ。
「あんなに大声出さなくったって聞こえるつーの。」
第一指輪交換ってなんだよ…結婚式じゃねぇんだよ、と悠晴は小声でぶつくさ言っている。
「(指輪交換……)」
その間和咲は何やら思案中。
「あ、悪ぃ……手、引っ張っちまった……」
トリップした頭が戻ってくると、いまだに手を握りっぱなしな事に気付く。
「別に大丈夫。…ねぇ木山」
「うん?」
「交換、しない?」
◆
「え?こ、交換って指輪?」
「うん。ダメ?」
本物はまだ出来ないから予行演習…、とさっきから和咲は考えていた。
「ダ、ダメじゃない!」
まさか和咲の方から言うとは悠晴は思わなかった。
しかも、頭を軽く横に傾けて言うものだから、悠晴に断るなんて選択肢などなかった。
「はい。」
悠晴は、和咲から指輪を受けとり指にはめる。
もちろん左手の薬指に。
指輪を眺めていると、付き合っているんだと実感が湧いてくる。
ちらりと和咲を見ると、悠晴と同じく左手の薬指にはめた指輪を見つめている。
その横顔はとても嬉しそうに笑っていた。
◆
露店を回り終えて再び境内に戻ってきた。
後10分、つまり午後9時から花火が始まるからだ。
さっきレジャーシートを敷いた反対側の境内の奥には、救護所を兼ねた案内所のテントがある。
忙しく動き回るスタッフの中に見知った顔をまた見つけた。
「雨島に蓮見先生発見!」
「だから先生を付けろと言ってるだろうが!って何で蓮見先生には付けるんだ…!」
今年の見回り要員(本部担当)は雨島となずなだった。
「木山くんに萩野さん。2人とも浴衣とっても似合ってるよ!」
「ありがとうございます。」
◆
「なんだお前ら、下で見ないのか?」
神社は横から見ると雷のマークの様に段々になっている。
花火を打ち上げる場所は、鳥居の真向かいの方向にある池。
露店が並ぶ所の高さが一番見やすいし真正面に見える。
一方、境内は上に行き過ぎて見えなくはないが、見やすくもない。
境内よりは、鳥居と少し被るが露店より下にいった方がいい。
なので花火の時間帯、境内は特に人が少ない。
「ここでいいんだよ。」
和咲をちら見して言う悠晴に、雨島となずなは合点がいく。
人もそれほどおらず露店の煙もない、だけど花火は見れる。
和咲のことを考えた悠晴のベストポジションである。
◆
「雨島先生、蓮見先生!ちょっと来てくださーい!!」
「おっと、戻らなきゃな。じゃ存分に楽しめよ、お二人さん。」
「花火楽しんでね。」
スタッフに呼ばれて2人はテントに戻っていく。
「上手くいってるみたいですね。」
「ったく…オモチャとはいえ、指輪なんてまだ早ぇんだよ。」
何だかんだ言いながらも、生徒のことは何でも気になる2人であった。
『ただ今より花火の打ち上げを開始いたします。夜空に咲く色とりどりの花をご堪能ください。』
時計の針が9を指し、アナウンスが流れる。
◆
ピュゥゥゥ――――――………
ド――――――――――ン
ヒュ――― ヒュ―――
ドン
ドン
ヒュ――――――
ド―――――――ン
◆
次々と花火が打ち上がる。
種類はお馴染みの仕掛け花火の他に、星やハート・ニコニコマークの変わり種まで様々だ。
夜空に咲く度に、下からは歓声が聞こえる。
「毎年見てるけど、今年のは特にすごい…」
隣の和咲に話しかけようとして悠晴は口をつぐむ。
初めて見る花火に和咲は釘付け。
横を向いていても分かるほどにその顔は輝き楽しそうだ。
心の中を映したかの様に指輪も煌めいている。
それを悠晴は目を細め思う。
―――良かった、と。
この空間に、和咲が居て。
この景色を、和咲と見れて。
そして何より、和咲の隣に居ることが出来て。
一度だけゆっくりと瞬きをして、光景を焼き付けた。
そして目線を戻し、悠晴も花火を楽しんだ。
◆
天衣無縫の想い
◆
メインの花火が終わると本祭もいよいよ終盤。
ほとんどの祭り客が帰ってゆき、露店も店じまいとばかりに値下げやおまけを始める。
小道を通って帰路につく悠晴と和咲は、途中休憩を兼ねて公園へ寄る。
ベンチに座り、帰り際に露店で買ったベビーカステラを2人で食べる。
「今日はありがと。色んなものが見れたし出来た。それにとっても楽しかった。」
「良かった。俺も楽しかった。」
そう笑顔で言う和咲に、悠晴も笑顔になる。
「ここで私を見たんだよね。」
公園を見つめる和咲。
そうここは、悠晴が和咲に一目惚れしたきっかけの公園だ。
◆
「あーうん。あの時はこうなるなんて思ってなかったけど。」
「私も。」
今までの出来事を思い出して2人は笑う。
話しかけることさえ難しかった悠晴。
他人と距離を置いていた和咲。
交わりそうで交わらなかった2人を結びつけたのは、お節介と温かさを兼ね備えた周りの人達だ。
「高校に行けるって分かった時とっても嬉しかった。だから、それだけで良いと思ってた。」
空を見上げ独り言の様に和咲は話始める。
声のトーンから口を挟まない方がいいかと思い、悠晴は黙って聞くことにした。
◆
「高校生活以上のことを、これ以上のことを望んだらいけない。だって生きてることは幸せなこと。私にとっては特に。」
些細な事でも、大掛かりな準備が必要になってしまう。
そんな迷惑をかけるぐらいなら。
苦労をさせるぐらいなら。
特別なことなんてなくていい。今のままでいいと。
「でも違ってた。それは生きてるんじゃなくて生かされてる、周りに支えられてただ生かされてるだけなんだって。」
思い込もうとしていた幸せは、本来の意味から外れたものになっていた。
◆
「そんな簡単なことさえ分からなかった。分からなくなってた。」
生きているから、
学校に通っているから、
だから幸せ、じゃない。
そんな単純じゃない。
でも、きっと難しくもないはず。
だって和咲と悠晴の答えが違ったように、答えは1つじゃない。
いや、むしろ明確な答えなんて無いだろう。
目で見ることが出来ない感情の領域。
本人が幸せだと感じれば、それが幸せになるのだから。
◆
「でも、気付けた。藍姉達にも本音言えた。木山のおかげだよ。ありがと。」
「萩野…」
そう言って悠晴を見る和咲は、肩の荷が下りたような表情だ。
「俺はただ知って欲しかったから。だけど、そう思ってくれてるならすっげぇ嬉しい。」
好きな子の為に何か出来たことが。
「それでね、前に言ってたプラネタリウム…行ってみたい。」
「え?」
「星、ベガとアルタイルを見たいなって。木山と見たいなって。」
一回断っといてあれだけど…、と和咲は言う。
◆
「いや全然。大丈夫だから!行こ!」
遠慮がちに言われた言葉は、とても嬉しいもので間髪を入れず答える。
「良かった。」
悠晴の言葉に和咲はホッとしたように微笑む。
「夏休みだしさ、これから色んなとこ行こうぜ。」
海に、山に、行きたいところはたくさんある。
「うん!行きたい。」
2人で。
慣れたら家族と友達とも行ってみたい。
まずはプラネタリウムで、それから…なんて次から次へとやりたいことや行きたいところがあふれ出てくる。
そんな遠くない未来の話をする2人の顔は、とても生き生きとしていたのだった。
◆
千紫万紅に染まる
◆
―――千紫万紅(センシバンコウ)
それは、色とりどりの花が咲き乱れること
イエローは喜び?
レッドは怒り?
ブルーは哀しみ?
グリーンは楽しさ?
ブラックは苦しみ?
君と出逢い、これまでの過去が、色鮮やかに彩られてゆく。
これから先の未来は、何色に染まるのだろうか?
君と2人、大切な人達と共に
様々な景色を見てゆこう―――