──生きるか死ぬかを、ずっと悩んでいた。


十月十九日。自宅マンションの三階、リビングから出られるベランダから、夜空を見ていた。秋の涼しい風が私の長い黒い髪の毛を揺らす。壊れたカメラがピントを合わせることを放棄したかのように星がぼやけてはっきりと見えない。月の存在はしっかりと認識できる。今日は、満月だ。

Tシャツから伸びた自分の細い腕を、空に向かって突き上げて、その取れるはずのない月に力なくかざした。

「…………」

死にたい。もう、生きていたくない。息を吸うのすら辛い。過ぎていく一秒一秒が重くのしかかってくる。

身体中にできた数えられないほどある痣が、身体を動かしていない今も痛む。

もうなにも考えられない。微塵にも、生きたいと思えないのだ。
生きるか死ぬかをずっと迷っていた。そのはずだった。なのに、もう天秤はずっと前から片方に寄っている。重たい石を置かれたように、すこしも揺らぐことなく動かない。

あと一歩がどうしても踏み出せなかったのは、死ぬことが怖いから。どうやって死んでも絶対に痛いし辛い。自分で自分の息の根を止めるのは簡単じゃないだろう。

どうやって死ぬ?方法は?日時は?
と、いつだって死にたい原因じゃないところで迷って、一分一秒を積み重ねて生き長らえてきたんだ。

首つりだってきっとロープが食い込んで痛いし、駅で飛び降りたら車輪が身体を引き裂いて痛いだろうし、なにより関係のない他人に迷惑がかかる。

どうして辛い思いをして死にたいのに、死ぬ時すらも痛い思いをしなきゃいけないのかな。安楽死、できないかな。できない、よね。

でも、やるしかない。死にたいのなら。死にたい、から。
終わらせたい。現実を。生きている今を。

もう私は決めた。死ぬ。生きることをやめる。今夜、実行するんだ。

今朝両親は仕事が遅くなると、口を揃えて言っていた。時刻は午後八時をすこし回ったところ。まだ少し余裕がある。ふたりが遅くなると言うときは、いつも午後九時になってもまだ帰りつかないことのほうが多い。大丈夫だ。まだ帰ってこないはず。

暗く誰もいないリビングでは、テレビが付けっ放しだ。しかも、先ほどからしきりに同じニュースが繰り返されている。

高校生の男の子が文化祭の後夜祭でマジックショーを披露していたとき、爆発事故が起きたらしい。周りにいたクラスメイトも亡くなり、数名が重軽傷を負ったとのこと。

私、新垣(にいがき)ゆりは、その男の子たちと同じ命日になるのだと、さっきテレビを見ながら考えていた。

どこの放送局もこのニュースでもちきりで、号泣する無事だった同級生のインタビューも流されていた。
日本中がこのニュースに夢中のなか、私はひっそりと誰の関心も集めないまま死ぬ。

都内に住む私が自宅マンションから飛び降りて自殺したところで、たとえニュースになったとしても一瞬だろうし、すぐに忘れられる。さっさと風化されるのが関の山。悲しむのは親族ぐらいだ。

実際私だって、自殺してニュースになった人たちの名前も、詳細も、なにひとつとして覚えていないのだから。