◇
『もう! シュンはなんでそんなに社交性がないの?』
社交性がないのなんて今に始まったことじゃないのに、そんなに怒らなくても。まあでも、シュンにこうして面と向かって文句を言えるのなんてハルカぐらいだからいいよね。それに、シュンの不貞腐れた顔はなんだか面白いし。
中学1年、春。
まだ慣れないセーラー服が息苦しい。スカートはもう少し短くしたいのに。
『別に、友達とかいらないし』
『それにしても挨拶してくれた子を無視するなんてヒドすぎる!』
『別におれだけに挨拶してたわけじゃないと思う』
『そういう問題じゃないと思う!』
『ハルカ、ハルカ、落ち着いてー』
わたしの声にふたりが振り向く。小学3年生の春出会った私たちは、すぐに意気投合して2人組から3人組へ形を変えた。
明るくて、社交的で、正義感が強くて、それでいてとても綺麗な顔をしているハルカ。(容姿、これに関しては、もしかすると、完全に、わたしの好みなのかもしれないけれど)人から真っ先に好かれるような性格と容姿を兼ね備えていて、みんながハルカのことをすきだった。もちろんそれは、私とシュンも例外ではなく。
ハルカの底抜けの明るさはわたしたちには眩しくて、でもそこに救われている部分も確かにあった。
わたしたちと一緒にいなくたって、ハルカはどこでもやっていける人気者だったのにね。どうしてかいつもわたしたちのところへやってきて、いつしかそれが当たり前になってしまった。
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『ね、ナツノは部活何にする?』
中学1年の春、所属部を決めなくちゃいけなかった。自分で選択して何かを決めるのは、殆ど初めてだったんじゃないかな。
放課後の帰り道、偶然にも家が近かった私たち3人は毎日一緒に下校するのが当たり前になっていた。中学校から自宅まで徒歩20分程度。あたりがオレンジ色に染まる、この時間が何よりすきな時間だった。
『わたしは水泳かなー、泳ぐのすきだし、夏以外は暇になるっぽいし。ハルカは?』
『んーどうしようかな、わたしもナツノと同じにしようかなって』
『えっそれ最高! わたし友達少ないし』
『少ないというか、自分から線を引いてるだけでしょーナツノは』
『うっ、そんなことないもん』
誰とでも話せるけれど、誰とでも薄い関係しか築けない。だって、シュンとハルカがいれば、それでいい。本当に心の底からそう思っている。時が経ってもずっと。
『シュンは? 写真部?』
『……うん、まあそうかな』
最近始めたカメラにどっぷりハマっていたシュンは、迷わず写真部を選ぶだろうと思っていた。まず、シュンは運動苦手だしね。
まだ慣れないセーラー服と、ダボっとしたシュンの学ラン。そういえばあの頃まだシュンは私たち2人よりも背が低くて、大きめに買った学ランがちぐはぐでなんだか面白かった。
『部活が始まったら、シュンとは一緒に帰れなくなっちゃうね』
まだ聞いた話だけれど、水泳部は夏以外、近くの温水プールを借りて練習するらしい。もちろん毎日ではなくて、週に2〜3回。それ以外はお休みだ。
『えー、それは悲しすぎるね』
『でも楽しみだなー、ハルカと水泳できるなんて』
『でも泳げるかな、ナツノは水泳得意だし』
『ダイジョーブ、私がしっかり教えてあげるから!』
『頼もしいね、ナツノ』
このとき、何気なくハルカを水泳部に誘ったけれど、のちのち私はそれを何度も後悔することになる。
だって、何度も、何度も、思い出す。
────ハルカの水泳をしている姿。
黒い綺麗なストレートロングをポニーテールに結った姿は、きっと誰が見たって惚れ惚れするものだっただろう。まるで雪のような白い肌は透き通っていて、水と同化してしまうんじゃないかと思うほど。爪の先から睫の先まで、何度も思い出してしまうくらい、ハルカは本当に、言葉で表すのも難しいくらい、ひどく綺麗だった。───綺麗だと、思ってしまった。
はじめてハルカが泳いでいるのを見たとき、わたしは初めて自分の心臓が音を立てるのを聞いた。聞いたことのない音だった。どくん、と心臓をつかまれたような衝撃。はじめてのクラスで自己紹介をしたときにも感じなかったいやな緊張感が全身を駆け巡った。そして思わず、目を逸らした。
ダメだと思う、これ以上は見たらいけない。ハルカから目線を逸らしたのは、ほとんど反射的で、直感のようなもの。自分自身をセーブするようなその動きに、少しだけ身体が震えた。
その綺麗な指先を、自分の物にできたら、────なんて、バカみたいな不純な気持ちを、誰がわかってくれたのだろう。
わからなくていい。誰もわからず、私のものだけであればいい。
『もう! シュンはなんでそんなに社交性がないの?』
社交性がないのなんて今に始まったことじゃないのに、そんなに怒らなくても。まあでも、シュンにこうして面と向かって文句を言えるのなんてハルカぐらいだからいいよね。それに、シュンの不貞腐れた顔はなんだか面白いし。
中学1年、春。
まだ慣れないセーラー服が息苦しい。スカートはもう少し短くしたいのに。
『別に、友達とかいらないし』
『それにしても挨拶してくれた子を無視するなんてヒドすぎる!』
『別におれだけに挨拶してたわけじゃないと思う』
『そういう問題じゃないと思う!』
『ハルカ、ハルカ、落ち着いてー』
わたしの声にふたりが振り向く。小学3年生の春出会った私たちは、すぐに意気投合して2人組から3人組へ形を変えた。
明るくて、社交的で、正義感が強くて、それでいてとても綺麗な顔をしているハルカ。(容姿、これに関しては、もしかすると、完全に、わたしの好みなのかもしれないけれど)人から真っ先に好かれるような性格と容姿を兼ね備えていて、みんながハルカのことをすきだった。もちろんそれは、私とシュンも例外ではなく。
ハルカの底抜けの明るさはわたしたちには眩しくて、でもそこに救われている部分も確かにあった。
わたしたちと一緒にいなくたって、ハルカはどこでもやっていける人気者だったのにね。どうしてかいつもわたしたちのところへやってきて、いつしかそれが当たり前になってしまった。
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『ね、ナツノは部活何にする?』
中学1年の春、所属部を決めなくちゃいけなかった。自分で選択して何かを決めるのは、殆ど初めてだったんじゃないかな。
放課後の帰り道、偶然にも家が近かった私たち3人は毎日一緒に下校するのが当たり前になっていた。中学校から自宅まで徒歩20分程度。あたりがオレンジ色に染まる、この時間が何よりすきな時間だった。
『わたしは水泳かなー、泳ぐのすきだし、夏以外は暇になるっぽいし。ハルカは?』
『んーどうしようかな、わたしもナツノと同じにしようかなって』
『えっそれ最高! わたし友達少ないし』
『少ないというか、自分から線を引いてるだけでしょーナツノは』
『うっ、そんなことないもん』
誰とでも話せるけれど、誰とでも薄い関係しか築けない。だって、シュンとハルカがいれば、それでいい。本当に心の底からそう思っている。時が経ってもずっと。
『シュンは? 写真部?』
『……うん、まあそうかな』
最近始めたカメラにどっぷりハマっていたシュンは、迷わず写真部を選ぶだろうと思っていた。まず、シュンは運動苦手だしね。
まだ慣れないセーラー服と、ダボっとしたシュンの学ラン。そういえばあの頃まだシュンは私たち2人よりも背が低くて、大きめに買った学ランがちぐはぐでなんだか面白かった。
『部活が始まったら、シュンとは一緒に帰れなくなっちゃうね』
まだ聞いた話だけれど、水泳部は夏以外、近くの温水プールを借りて練習するらしい。もちろん毎日ではなくて、週に2〜3回。それ以外はお休みだ。
『えー、それは悲しすぎるね』
『でも楽しみだなー、ハルカと水泳できるなんて』
『でも泳げるかな、ナツノは水泳得意だし』
『ダイジョーブ、私がしっかり教えてあげるから!』
『頼もしいね、ナツノ』
このとき、何気なくハルカを水泳部に誘ったけれど、のちのち私はそれを何度も後悔することになる。
だって、何度も、何度も、思い出す。
────ハルカの水泳をしている姿。
黒い綺麗なストレートロングをポニーテールに結った姿は、きっと誰が見たって惚れ惚れするものだっただろう。まるで雪のような白い肌は透き通っていて、水と同化してしまうんじゃないかと思うほど。爪の先から睫の先まで、何度も思い出してしまうくらい、ハルカは本当に、言葉で表すのも難しいくらい、ひどく綺麗だった。───綺麗だと、思ってしまった。
はじめてハルカが泳いでいるのを見たとき、わたしは初めて自分の心臓が音を立てるのを聞いた。聞いたことのない音だった。どくん、と心臓をつかまれたような衝撃。はじめてのクラスで自己紹介をしたときにも感じなかったいやな緊張感が全身を駆け巡った。そして思わず、目を逸らした。
ダメだと思う、これ以上は見たらいけない。ハルカから目線を逸らしたのは、ほとんど反射的で、直感のようなもの。自分自身をセーブするようなその動きに、少しだけ身体が震えた。
その綺麗な指先を、自分の物にできたら、────なんて、バカみたいな不純な気持ちを、誰がわかってくれたのだろう。
わからなくていい。誰もわからず、私のものだけであればいい。