午前10時45分。俺は駅に向かって走っていた。改札をぬけ、駅のホームにたどり着いた。時刻表を見ると電車が来るのは5分後。思わず顔をしかめた。だめだ、このままだと遅刻だ。


しかし、ここで何もせず焦っても電車は来ない。愛美に連絡しようとポケットからスマホを取り出そうとした。

すると同じポケットに入れていた家の鍵が滑り落ちていった。


「落ちましたよ?」

落ちついた艶のある女の人の声に振り返ると隣町の高校の制服を着た女子が鍵を持っていた。

「あざっす」

彼女から鍵を受け取ろうと手を伸ばそうとすると、女子高生は鍵をヒョイと遠ざけた。

「ねぇ」

驚いた俺は鍵の拾い主の顔をその時初めて見た。利用客の少ない午前中の駅に似合わない全力の笑顔は、俺を怯ませるには十分だった。


「渡良瀬くんだよね、覚えてる?私!」


彼女は鍵を持っている反対の手で自分を指さした。


まじまじと彼女の顔を見て、寝坊したての回りの悪い頭であるにもかかわらず、おぼろげに一人の名前が浮かび、それが頭の中でじわじわとはっきりとしたものに変形していた。



しかし、その文字がはっきりしていくにつれ彼女との再会に居心地の悪さを感じた。