男は耳にイヤホンをしていた。

男は誰かと電話をしていたのだった。

あの沈黙は俺だけが感じていたのだ。

電話中の知らない男と会話をしているつもりになっていたことに気づき急激に恥ずかしくなった俺は、その事実を消し去ろうとポケットからスマホを取り出し、SNSで友達の今日の動向を見守ることにした。


すると再び哀れむような男の声が聞こえてきた。

「チャンスをやってもいいぞ」


俺も欲しいよ、チャンス。

でも多分無理だ。

明日の今頃、俺はテニス部の連中にからかわれながら下校することになるんだろう。

俺は見知らぬ誰かに与えられたチャンスにさえも、羨み、すがりたい気分になっていた。