「君。
君は本当に自分のことしか考えてないんだね」
よく通る声がベンチの右隣から聞こえた。
は?
何だよそんなことねえわ。
俺は愛美のことが好きで。
男はわざとらしい咳払いをした。
本心を見透かされているようで気味が悪く、声がする右隣をゆっくりと見た。
すると黒いスーツに身を包んだ男が前を向いたまま話していた。
「だから振られたんだよ」
男は相変わらず真っすぐと前を向いたまま悟り切った声で言った。
「はぁ…」
俺が小さく答えると、男は口を真一文字に結んだ。
駅のホームで電車を待つ二人の乗客としてベンチに並んで座っているだけの会話するはずのなかった男と、俺はしばらくほんのりとした緊張を感じつつも、ただ過ぎ去る沈黙の時間を知らない男と共有していた。
そうしているうちに、なぜこの見知らぬ男が俺に話しかけたのか不思議に思った。
これは沈黙なのか?それとも電車が来るまでの静かな待機時間なのか。その区別さえつかない。
俺はこの男を観察することでその答えを探そうとした。
そうだ。
この男は俺に話しかけていたのか?
しばらくの観察の結果、俺は話しかけられた時に見落としていた重要な要素に初めて気が付いた。