「お母さんは…」

少し考えて、すぐに心が張り裂けそうになった。

嫌だ。
思い出したくない。


「円、思い出せ。」

固くつむっていた目を開けると、宮の顔が映った。

宮が泣いてる。
初めて見た。
いつも冷静で、私までとはいかなくても感情的になるのは滅多に見ないのに。

宮の涙を見て、自分の頬も同じように濡れているのに気づいた。


「お母さんは…
…」

「うん。」

「私の名前、つけてくれたの。」


"円"

昔はずっとこの名前が嫌いだった。
いつも"まどか"って間違われて面倒だったし、
お金の単位みたいだし、
味気なくて淡白な気がしてた。

でも、いつだったか私が自分の名前が嫌だと言うと、お母さんは話してくれた。


『円ってね、お母さんがつけたんだよ?
人に手を借りて、人に手を貸して、円になって生きてほしい。
あと、円が生まれたときに、漫画みたいに「え~ん、え~ん」って泣いてたから。
かわいくってかわいくって。』


そう言って笑ってた。

『えん。』
『円!』

いつも大切に大切に私の名前を呼んでた。

"あの日"も、夜まで勉強してた私に毛布を掛けてくれた。

私が失敗しても反抗しても
いつも私のへんてこな名前を大切そうに本当に大切そうに呼んで、
笑ってた。


「お母さん、絶対
絶対私のこと、大好きだった。」

「ああ。」

「きっと私のこと笑って許す。
なんなら、私のことが悪いなんて最初から思ってないかも…。
目が覚めたら天国だったってまた、笑ってるんだろうな。」

「ああ。」


宮は笑った。

なぜか、それがすごくすごく嬉しくて、また涙が溢れてくる。