「ただいまー!あれ、お父さん帰ってたの?」


リビングに入ると、向かえ合わせに両親が座っていた。
お父さんが眉間にシワを寄せ、悩ましい表情を浮かべている。

もしかして、離婚の話!?
まさか、そんなはずないよね。


「あぁ、亜衣が心配で早く帰ってきたんだ
でも言われてしまったよ、とうとう…」


「言われたって、離婚の話?」


「離婚って何の話だ?紙切れ一枚で夫婦が終わるなら、最初から好きな人と結婚してないよ。」


カッコいい決めゼリフを吐くように、お母さんに向かってピースサインするお父さん。

お母さんはそんなお父さんを見て、とても嬉しそう。


「じゃあ、何を言われたの?」


「同僚に娘さん想いなんですねって。
子はいくつになろうと、お父さんにとって可愛いんだ」


「お父さん聞いて!
今日翼に会ったよ。
家に上がって行きなよ!って誘ったんだけど、恥ずかしいから嫌だって」


「翼…?
夢でも見てるんじゃないか?
翼は今東京にいるんだぞ」


お父さんが不思議そうに首を傾げる。
とうとう娘がおかしくなったのではないかと、きっと思ってるはず。


「じゃあ、翼じゃなかったらあの人は誰なの…」


お父さんの言葉で現実に引き戻された。
もしそうなら、なんで翼の振りをしてまで、私に近づいてきたの?
知らない人から私を助けてくれた。


それ以前に「亜衣のことが好きなんだ…」って、そう言ってくれたよね?


でもなんで、なんで嘘つく必要があるの?


「あの人ってなんの話だ?」


お父さんに尋ねられ、今日あった出来事を二人に話した。
二人とも驚いた顔をして、″そんなこともあるんだね″と言っていた。

その後、まるで推理するかのように、家族三人一致団結し、話し合いが始まる。


「やっぱり怪しいよね?」


「うーん、こういう線はないか?
買い物に来て、亜衣と話すうちに好きになったから、家まで後をつけてきた」


「もしそうだとしても嫌よねぇー。
好きなら、正々堂々とこればいいのに

お父さんみたいにね」


話の最中に夫婦の自惚れ話が始まる。
私は少しの間、その話を淡々と聞いていた。


「ねぇ、これってストーカーだよね!?」


「それは本人にしか分からないことだから、お父さんはなんとも言えないよ。
間違ったことを言えば、相手を傷つけることだってあるからな」


「お父さん、翼の写真ある?」


最近携帯をガラケーから新しくし、慣れない手つきでスマホを操作するお父さん。

今どきガラケーの人も少なくない。


「これが一番新しいな」


お父さんの近くに行き、スマホの画面を一緒に覗いた。

家族でご飯を囲んだ時も、自分から進んで、あまり翼の話題に触れてこなかった。

触れてはいけない壁があるみたいで…。

それ以前に、私より常日頃、上に向かって歩んでいく翼が羨ましかった。


東京の大手企業に就職した時、お父さんすごく喜んでたし、私は親に甘えてばかりで、自立さえ出来ていない。

早く家族を安心させたいのに、うまくいかない自分を見る度、時より悲しくなる。


「翼、やっぱりお父さんに似てカッコいいね」


写真に写っている翼は、可愛らしくイチゴ飴を食べていた。

二重の目が一番お父さんに似ている。


「お父さんに似てイケメンだろう?」


若い頃にそっくりなんだと、自分で褒め称えているお父さん。


もう一度写真をよく見る。



やっぱりあの人は、翼じゃない。
翼じゃないと確信し、ホッとため息が溢れた。