スクリーンの映像が切り替わり、今度は修学旅行になる。

行きのバスでトランプをして盛り上がっている映像や、生徒たちで長崎の街を散策している映像。宿舎でレクリエーションをしている中で、私たちを見つけた。


「瀬川、歌へったくそ! ねー、先生撮って撮って!」
「うっわ、やめろって! お前が歌え!」

楽しそうに声をあげてふざけあっている采花と瀬川くん。隣では私が笑っていた。

修学旅行は本当に楽しくて、またいつか三人で行きたいねと話していたこともあった。



季節は巡っていき、三年生最後の体育祭が映し出される。

けれど、その中で笑いあっている私たちはいない。バラバラに映っていて、采花の笑顔はぎこちなかった。瀬川くんもあまり映りたくなさそうに控えめに麻野くんたちとピースをしていた。

場面が切り替わり、今度は私が映った。

これはリレーが始まる前だ。私は出場しないけれど、采花がリレーの選手に選ばれていた。応援用の赤いポンポンを持って、私はカメラの前で意気込む。

「あ……先生、采花が走るよ! 撮って!」

私は采花がこの日のために必死に練習していたことも、女子の中で一番足が速いことも知っていたから、絶対一番になると自分のことのように自信満々だった。
開始の合図が鳴り響き、走り始めた采花は誰よりも速い。他のクラスを引き離して一番にバトンを次の人に渡した。


「やっぱ采花はすごいね!」

振り返った私は誇らしげに笑っていた。

体育祭では采花と一度も会話をしなかった。私たちの間には亀裂が生まれていたんだ。それでも、私は采花が活躍すると嬉しくてたまらなくて、自然と顔が綻んでいた。自慢の友達だったんだ。



「采花? 大丈夫?」

未来ちゃんの声が聞こえ、はっと我にかえる。生徒たちの視線はスクリーンから采花に移っていて、ざわつき始める。采花は両手で顔を覆っていて、肩を震わせていた。


「ごめん……大丈夫だから」

いつもの声と比べて鼻声でくぐもっていたので泣いているのだとわかった。

「采花……」

騒然とする生徒たちの声に私の声が溶けていく。采花はなにも悪くない。壊したのは私だ。それなのにかける言葉がない。

時間は戻らない。あの頃の私たちはもうここにはいない。流れてしまった時を取り戻すことなんてできないのだ。


「保健室で休んできなさい」

事情を察した担任の先生がそっと声をかけると、采花は頷いて顔を隠しながら席を立った。外の光を遮断された体育館から采花が抜け出していく。その背中を見つめているといろんな人の言葉が聞こえてきて、私は耳を塞ぎたくなる。


聞きたくない。言わないで。
でも逃げちゃダメだ。私も向き合わなくちゃいけない。卒業まであとわずか。もう別れが近づいている。



先生が動画を少しだけ巻き戻すと、再びスクリーンへと生徒たちの視線が集まる。瀬川くんが先生の元へ行き、なにかを話してから体育館を抜け出していく。それを見て、もしかしてと思い、私もこっそりと体育館を抜け出した。

剥き出しの渡り廊下を抜けて、校舎に入ると少し廊下を進んだ先に保健室がある。中を覗くと、ふたりの生徒の背中が見えた。


「ごめん。泣くつもりなんてなかったのに。いろいろ思い出して……」

采花が外を眺めるようにベッドの上に座っていて、その隣には瀬川くんが座っている。ふたりの距離は人ひとり分空いていた。

近いけれど、少し遠い。それが今のふたりの関係なのかもしれない。


「俺もちょっと泣きそうだった」
「……うん」
「ごめん」
「なんで瀬川が謝るの」

声を出すことができなかった。またふたりが一緒にいる。嬉しくてたまらない。でも、時間の流れが苦々しく私の心を凌駕していく。

過去に囚われているのは、私も采花も瀬川くんも同じだ。でも変われていないのは私だけなのかもしれない。


「私たちってさ、付き合ってるんじゃないかって噂されてたんだって」
「知ってる。よく聞かれたし」
「本当みんな勝手な噂ばっかりするよね。……私たちのことなにも知らないくせに」


私も何度も聞いたことがあった。明るくてクラスの中心的存在の采花と瀬川くんは似た者同士で、お似合い。そんな風に話している人もいた。


「でもさ、そういうのじゃなかったんだよ」
「それも知ってる」
「……私ね」


采花が涙を拭うような仕草をして、微かに震えた声で言葉を紡ぐ。


「瀬川と悠理が好きだったの。友達として大好きだった」

初めて聞く采花の気持ちは、私の中に衝撃を落とした。目の見開き、采花の言葉を反芻させる。

ずっと勘違いしていた。采花は瀬川くんのことが好きなのだとそう思っていた。

けれど、それは間違っていた。


「だからさ、三人でいるあの空間が壊れるのが怖かった。私だけがのけ者になったらどうしようって不安で、体育祭のとき悠理のことも瀬川のことも避けちゃったんだ」

采花は私に怒っているんだと決めつけて、避けられた理由も聞かなかった。私は自分のことばかりで、采花の本当の気持ちを確認しなかった。


「ごめんね、瀬川。あれからずっと瀬川を避けてたんだ」
「……俺も後悔するのが怖くて、采花のこと避けてた。ごめん」
「もっと早く話せばよかったね」
「でも多分今だから話せたんだと思う。……そのくらい俺らにとって簡単な問題じゃなかったから」

過去と向き合って、言葉にしたふたりはきっとこれから前に進めるはず。よかった。本当の気持ちが知れて。ふたりが和解できて、本当によかった。


「じゃあ、仲直りしよっか。もう今更だけどさ」
「本当、今更だな」

ふたりは顔を見合わせて笑った。私はこの場にいてはいけない気がして、そっと保健室から出る。


采花にとって私も瀬川くんも友達だった。
それなのに私はあの頃勘違いをして、勝手に焦って不安になっていた。後悔をしても遅いのはわかっているけれど、あのとき采花を傷つけないで済む方法があったかもしれない。


誰もいない廊下の壁に寄りかかるようにして、座り込む。

もしかしたら想いを自覚したときに采花に話していたら、ふたりはこんな風にならなかったのだろうか。